冬のキツネ

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「今年も大変でしたね」  男は口元の髭をさすりながら、慮るような口調で語りかけた。 「今年は夏に雨が少なかったですよね。ウチの畑も干からびるかと思いましたよ。左近さんの方はどうでした?」 「私の方もです。日が照るのはいいことですけど、今年はちょっと長すぎましたよね。田んぼの水もすぐに引けちゃって。なかなか苦労しました」 「まぁでもこうやって、お互い無事に収穫を終えられたし、よかったじゃないですか」 「そうですね。あっ、水上さん。これ、今年ウチで獲れたお米です。よかったらいただいてください」  左近は腰に力を入れて、麻の米袋を持ち上げる。使い古されて褐色になった米袋は、少し動かすだけで米粒の擦れる音がした。 「いつもありがとうございます。ちょっと待っていてくださいね。今、ウチで獲れたニンジン持ってきますんで」  玄関を出ていき貯蔵庫へ向かう水上。左近が振り返ると、砂道の向こうに、焦げ茶色の畑が見えた。夏にはニンジンや大根の葉が青々しく揺れていたが、収穫を終えてしまった今は、その面影もない。そろそろ雪景色に変わりそうだ。 「左近さん、持って来ましたよ。今年ウチで獲れたニンジンです」  水上の足元には水色のカゴに、ありったけの人参が詰められていた。綺麗に洗われていて、濃いオレンジ色が眩しい。 「いいんですか、こんなにいただいてしまって」 「今年も左近さんにはいろいろお世話になりましたから。そのお礼です。どうぞ遠慮せずにいただいてください」 「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」  左近がカゴを持ちながら軽く礼をすると、水上も同じ反応をする。一〇年以上の付き合いだから、言葉を介さなくても、お互い考えていることは何となく分かる。  自分の家に帰っていく左近を、水上は笑顔で見送る。  だが、左近には水上の知らない秘密があった。
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