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PM3時の味噌ラーメン
後日、和美は昼休憩の時間になった途端に駆け出すと、いつもより早くお店に行った。しかし店には入らない。店の前で息を切らして、晩秋の冷たい空気を吸い込んだ。
暫くすると店のドアが開き、体格の良い丸々とした男が出て来た。幸せそうな顔をしてお腹をさすっている。忘れもしない、この男だ。和美は駆け寄った。
「あの。大将の息子さんですよね?」
「え? 違いますよ」
──あれ?
「いや、大将の……」
すると、男は少し考えると眉をひそめた。
「あぁ、大将の息子さんね。随分と前に、お亡くなりになったそうですよ。奥様と一緒に、事故に巻き込まれて……」
和美はラーメン屋の扉を開けた。
「お! 和美ちゃん。いらっしゃい! 今日は、ちょっと早いねぇ!」
大将の威勢の良い声が店内に響く。
「今日は何にするかね?」
「……どうしてですか?」
「え?」
「どうして私に嘘を吐いたんですか、大将」
「どうしたのよ、和美ちゃん。俺はいつだって正直者だよ?」
「私、さっきの人に聞きましたよ。奥様と息子さんは、もう……」
「……和美ちゃん。今日は味噌ラーメンでいいかい?」
和美は大人だ。それ位は分かる。これは、話したくない合図だ。これ以上は聞くべきではない。
暫くすると味噌ラーメンが机に置かれた。黄昏色をしたスープから湯気が立つ。こんな時でも腹の虫は鳴いてしまう。和美はレンゲでスープを掬い、口に運ぶ。
しかし、今日は笑顔が溢れない。
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