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太った男
「今日は酢豚と御飯で」
「あいよ! ありがとうねぇ!」
大将は出来上がった酢豚を和美と写真立ての前に置いた。
「コイツは酢豚が苦手なのよ。一緒に食ってやって頂戴!」
そんなある日、ふと大将が思い出した様に聞いて来た。年が明けて、遠くの山々が雪を纏い、味噌ラーメンが一層美味しく感じる季節の事だ。
「そういやさ、秋頃だっけ? あの太った常連さんに、なんで話し掛けたんだい?」
「あ、それは……」
和美はあの時、勝手な妄想を爆発させていた。それは、本当は奥さんにも帰って来て欲しいのではないか。大将はきっと、もう一度家族の本当の時間を過ごしたいのではないか。
それを見届けたら、もうこの店には来ないつもりだった。残念だけど、それが一番幸せな選択だと思った。
「いや、忘れちゃいました。常連さんっぽいから、ラーメンの話をしたかったのかな? ほら、やっぱり、大将の味噌ラーメンは世界一ですからね!」
「あぁ」
──あれ? ……また?
大将は、また間抜けな顔をした。熱量不足か、それとも照れ隠しなのか。いや、またとんでもない秘密があるのだろうか。
和美は間抜けな顔を前に、慎重な面持ちで構えた。
「……るんだよ」
大将の表情が曇った。和美の表情は強張った。
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