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大将の秘密
その日から、和美はラーメン屋に足繁く通うようになった。通えば通う程に舌が店の味を覚え、味覚は変化して行く。これは、次々とお店が変わる都会では感じた事の無い経験だった。
当然、人間同士も然り。和美は、通う程に店主の人としての『アジ』を楽しむ様にもなった。
威勢が良いのに、照れ屋さん。そして、嘘が下手な大将。和美が心を開くのに、時間はかからなかった。
和美は私生活や仕事の話をする様になった。他人が見れば、それは親子の会話の様に見えたかもしれない。
いつも客は和美しかいない。昼と夜の間に訪れる至福の時間。次第にそれは、和美にとっては無くてはならない物となった。
あの丸い男性に感謝したい。よく入れ違いになるので、あの人もこの店のファンだ。
しかし……。一つだけ、どうしても分からない事がある。それをいつ聞こうか迷いながら、月日は過ぎて行った。
やがて秋も深まり、山々が来年の為に葉を落とし、寒さに耐え忍ぶ頃。和美はようやくその質問を口にした。
「大将、何でこの時間に店を開けてるんですか?」
「そりゃ、和美ちゃんの為だろ」
「またまた。だって私が通う前から、この時間も開いてたんでしょ?」
すると、大将は急に無言で寸胴の鍋を洗い出した。
……なんて不器用な人だ。明らかに話を逸らし始めた。一心不乱に、タワシで鍋を磨く。まるで話し掛けるなと言わんばかりの剣幕だ。
「ねぇ、大将。もうそれ、ピカピカじゃない?」
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