大将の秘密

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「店は夜もやるからな。さすがに晩飯の時間はバイトを雇って、女房は家事をしてたんだ。で、朝は俺だけ仕込み。そんな毎日でも、俺達には絆が有ったんだ」 和美は黙って大将の話を聞いていた。改めて感じる職人の苦労に、心を打たれながら。 「この昼と夜の間の中途半端な時間。客も居ねぇ。この時間が、俺達家族が揃う時間だったんだ」 大将は遠くを見る目をして続けた。 「そんで、息子がいつも言ってくれるわけよ。『父ちゃんの味噌ラーメンが世界一だ』って。って言っても、毎日は体に悪いからよ。たまに出してたんだ。その時の息子の顔は本当に嬉しそうでなぁ……」 やたらと大きな木札に書かれた『味噌ラーメン』の文字。メニュー表に並ぶ、冷奴や酢豚、野菜炒めにサラダ。 そして、初日に見せた大将の嬉しそうな視線。私と息子を重ねていたのかも知れない。 「失礼ですが、なぜ奥様は? 移店までしたのに」 すると、大将は険しい顔をした。 「だから、出て行ったよ。理由は知らねぇ」
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