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大将の話をまとめると、こうだ。
奥さんが「田舎に住みたい」と言って、大繁盛のお店を明け渡し、一念発起して田舎に移住。しかし、店を始めた途端に、奥さんは出て行ってしまった。つまり、多分……。
大将は奥さんに振り回された挙句、取り残された訳だ。
朝晩と忙しかった大将の一家にとって、昼のピークを過ぎた今頃が、家族の唯一の団欒の時間だった。息子は味噌ラーメンが好きで、それを食べる息子の顔が大好きだった。
大将は、今でも待っている。この客のいない時間に店を開けて、息子があの時のあの味を思い出して、ここに足を運ぶ日が来る事を……。
「お子さん、お幾つなんですか?」
「もう社会人だよ」
息子はどうしているのだろう。味覚は変わる。それに合わせて、きっと人の心も変わる。豊かな食は、豊かな心を育む為にも必要な事だ。
逆も然り。素敵な『食』に囲まれているだろうか。
「息子さん、きっといつか会いに来ると思います! だって、大将の味噌ラーメン、世界一美味しいんですから!」
「あぁ」
──あれ?
私の熱量不足か、それともお疲れなのか。「あぁ」ってなんだよ。期待を大きく下回る返事に、和美は心底ガッカリした。
「た、大将? 聞いてますか?」
大将は魂が抜けた様な顔になった。これは所謂『間抜け顔』だ。
「あぁ。初めてウチに来た時、覚えているか? 初めて味噌ラーメン食べた日」
これはマズい。昔の事を語り出した。
「あの日、アンタは勢いよくお店に入って来た。覚えているか?」
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