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「仕事ではないのだから、真面目だな」
下げていた頭を上げると一ノ瀬が優しい目をしていて、思わず手を握りしめていた。
「あっ」
耳と目じりが赤く染まる。
「一ノ瀬課長」
「すまんっ、人と触れ合うとか、そういうの慣れてなくてな」
そう恥ずかしそうに目を伏せた。
「それだけ、ですか?」
「……違う。私の趣味を知っても、こうやって付き合ってくれるのが嬉しくて、心が落ち着かない」
「俺もです。もっと課長のことを知りたいです」
「同じだな」
そう口にすると口元を綻ばした。
互いに思っていたことが同じであること、そして一ノ瀬の表情が柔らかい。じわじわと胸に暖かなものがこみあげてくる。
「よし、続き、やってしまおう」
一ノ瀬が大きな音を立て手を叩く。仕事場でも空気を変えるために手を叩くときがある。それみたいなものだろう。
「そうですね」
いい雰囲気ではあったが、あのままでは照れくさくて気まずかったのでありがたい。
「焼き終えたらお茶にして映画を見よう」
「課長はどんな作品が好きなんですか?」
「そうだなぁ……、と、その前に。二人の時は課長は抜きにしてくれ」
会社じゃないのだからと、眉間にしわを寄せる。もしや拗ねているのだろうか。
他人から見たら怒っているような顔だが、この頃は何となくそうじゃないかなと気が付けるようになった。
「ふっ、わかりました。一ノ瀬さん」
「よし」
どやり顔でうなずく一ノ瀬の姿に、正解だったと小さくガッツポーズを作る。
「そうだ、私のおすすめの映画だったな」
お互いにおすすめを一本ずつ。焼き上がり冷めるのを待つ間に、そしてクッキーを食べながら見ることにした。
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