伸ばした手は届かない(一ノ瀬)

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「ま、気が付くのは俺と円くらいかな。目元がいつもより優しいなって」 「ほう、それ詳しく教えろ」  何を期待しているのか、好奇心を隠そうともしない。 「万丈が遊びに来てお皿を貰っただけだ」  どうせしつこく聞かれるだけなので素直にそう口にした。 「そうか、うん、いい傾向だな」 「だよねぇ。影で手を回した成果がでたというか」  影で手を回したとか、成果とかどういうことだ。 「何をしたんだお前たち」  一体、何を考えているのだろうか。 「ん、別になにもないぞ。な、十和田」 「はい。何も」  にやにや、にたにた、二人の表情は「何かをしました」といっている。  二人に尋ねようとしたら、いつの間にか弁当の中身を取り分けられていて食事をはじめていた。 「ほら、早く食べないと昼休みが終わるぞ」  そういわれて時計を見れば確かに食べないと時間がきてしまう。 「そのようだな」  どうせ聞いたところではぐらかされるだろうから諦めて食事に専念する。  いつも十分前にはこの部屋を出ていく。十和田は煙草を吸いに、百は家族との時間だ。  他に話す相手のいない一ノ瀬はデスクに戻り仕事をはじめるのだが、今日はそこに万丈の姿がある。 「今日は早いな」 「課長がそろそろ戻られると思って待ってました」  と温かいカップを手渡される。 「これは?」 「会社の近くにある珈琲チェーン店の季節限定メニュー、オレンジショコララテです」  その店は知っている。新作や期間限定の看板を見て美味そうだと思っても滅多に行かない。 「ありがとう」  甘くてうまい。オレンジとショコラも合うんだなと舌を動かし味を確かめる。
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