130人が本棚に入れています
本棚に追加
「一ノ瀬さん、ここで降りるんですよね」
「あ、あぁ。そうだった」
急いで電車から降りる。
「はぁ、大変でしたね」
「そうだな」
互いのが当たっていたのは万丈も気が付いているはずだ。だがそれに触れてこないのは気まずいからだろう。
まぁ、一ノ瀬聞かれては困るのでその方がありがたい。
マンションまでの道を話しながら歩いていると、次第に万丈の口数が減っていく。
「はぁぁぁ……、やっぱりだめです」
「どうしたんだ、万丈?」
足までも止まってしまう。人に酔ってしまったのか。
暗がりゆえに相手の顔が見えず、一ノ瀬は外套のある所まで連れて行くと、万丈が肩の上に頭を乗せた。
「万丈っ」
電車でのことを思い出して体が震え、万丈が顔を上げた。
「今日は帰りますね」
「どうしてっ」
体が震えてしまったのは嫌だととらえたのか。そうじゃないと頭の中で思っているのに声が詰まってしまう。
「一ノ瀬さんのことを知らなければよかった」
頭の中が混乱してその言葉の意味が理解できない。
「それでは」
頭をさげて万丈が背中を向ける。
「まっ」
手を伸ばして引きとめればいい。だが、そのあとは何といえばいい?
中途半端に伸ばされた手は到底届かない。
小さくなる後姿を眺め、一ノ瀬は呆然と立ち尽くした。
最初のコメントを投稿しよう!