伸ばした手は届かない(一ノ瀬)

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「一ノ瀬さん、ここで降りるんですよね」 「あ、あぁ。そうだった」  急いで電車から降りる。 「はぁ、大変でしたね」 「そうだな」  互いのが当たっていたのは万丈も気が付いているはずだ。だがそれに触れてこないのは気まずいからだろう。  まぁ、一ノ瀬聞かれては困るのでその方がありがたい。  マンションまでの道を話しながら歩いていると、次第に万丈の口数が減っていく。 「はぁぁぁ……、やっぱりだめです」 「どうしたんだ、万丈?」  足までも止まってしまう。人に酔ってしまったのか。  暗がりゆえに相手の顔が見えず、一ノ瀬は外套のある所まで連れて行くと、万丈が肩の上に頭を乗せた。 「万丈っ」  電車でのことを思い出して体が震え、万丈が顔を上げた。 「今日は帰りますね」 「どうしてっ」  体が震えてしまったのは嫌だととらえたのか。そうじゃないと頭の中で思っているのに声が詰まってしまう。 「一ノ瀬さんのことを知らなければよかった」  頭の中が混乱してその言葉の意味が理解できない。 「それでは」  頭をさげて万丈が背中を向ける。 「まっ」  手を伸ばして引きとめればいい。だが、そのあとは何といえばいい?  中途半端に伸ばされた手は到底届かない。  小さくなる後姿を眺め、一ノ瀬は呆然と立ち尽くした。
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