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「ああ、これは良い。ストックだ」
「これは今少しだが、ある程度変えれば使えそうか」
「なるほど。この展開も良い」
「ほう。なかなか面白い体験をしている人物だ。後で使わせてもらおう」
「この先の主人公のセリフは、あの管理人の呟きを使おう」
「こいつのモデルは一昨年流行りの作品の親玉の右腕だったな」
担当が帰ったのでパソコンを作業用アカウントに切り換えていた。
マウスとキーボードを年老いた手足よりも巧みに操る。
ネタのジャンル分けをしたフォルダや複数開いたウインドウの上をカーソルが休まず走り続ける。
カチカチカチ。
カチャカチャカチャ。
クリックとショートカットアクションを数え切れないほど繰り返して、コピー&ペーストで文章を繋ぎ合わせる。
もちろんそれだけでは物語を綴ることはできない。
なにより文体が不自然だし、コピペ作業だけでは作家としての面白味がない。
作品作りをコピペだけで済ますのはただの素人だ。
私はプロ。
盛り上げたい場面は長年の執筆経験を活かして、情景や会話やエピソードをとことん盛っていく。
ほら、どうだ。
どんどん面白くなってきたぞ。
よしよし、調子もますます乗ってきた。
作業は順調だ。
締め切りには充分間に合う。
今もし鏡を見たら、きっと私は笑っているのだろう。
こんな簡単な仕事、他にはない。
作家は死ぬまで現役だ。
辞められるわけがない。
『誰かの真似なんてつまらない』
『私は自分の中にある世界を大切に育てていく』
『既存の色になど決して染まってなるものか』
熱意に溢れそう思っていた頃の私は、もう死んだ。
とっくの昔に荒波に飲まれてしまった。
そして暗くて冷たい海の底に沈んだのだ。
面白ければ良い。
売れれば良い。
「さてさて次はどう盛り付けてやろうか」
今ここにいるのは、ただの亡霊。
だから今日も私は幽霊船の舵を取り人知れず静かに海を漂う。
電脳の海を、眠る財宝を見つけるために――。
隠し事×書く仕事
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