第1話~酒場にて

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第1話~酒場にて

 商業大国ナナガ国の、夜明け前の酒場。カーズを含めた第二部隊の面々は祝杯を上げていた。  祝うべき内容は、高位妖魔相手に隊員の死傷者ゼロというもの。カーズにとっては何よりも勝る最高の酒の肴だった。 「いつも悪いな。マスター」  うまそうに酒を飲む隊員たちに目を細めながら、カーズはマスターにわびた。  夜に活動する妖魔や、その宿主を狩るのが主な仕事になる第二部隊は、必然として夕刻から夜間にかけての勤務、朝方に仕事を終えて帰宅し昼間に眠る事となる。  いくら酒場とて普通は深夜までの営業、遅くとも明朝までだ。ここだけは代々の第二部隊隊長の頼みと主人の好意で、半ば強引に営業して貰っていた。 「全くだ。嫌われ部隊が入り浸る酒場なんて、風聞が悪くて仕方がない」  カーズの謝罪にカウンターの向こうでグラスを洗うマスターは、くっくっと喉の奥で笑った。 「で? 今回の酒盛りは随分と陽気だね? 高位妖魔が出たっていうのに、一人の面子も欠けてない」  洗い終わったグラスを伏せて、マスターは流れるように追加の酒の用意をしていく。 「今回はミズホ国の『珠玉』の到着が早かったのと、どうやら若いのに実力者だったらしくてね。お陰で楽させて貰ったよ」  カーズが傾けたグラスにぶつかった氷がからんと鳴る。昔は発泡酒を一気にあおったものだが、ここ最近は強めの酒をちびちびやるのが常になった。 「俺は納得出来ねえっすよ! 何で手柄を『珠玉』に譲んなきゃならねえんすか。折角新しい対妖魔銃もあったんすよ!」  ジョッキを乱暴にテーブルに置き、若い隊員が息巻く。入隊して一年と少しのニックという若い男だ。長めの茶髪を一つに結んだ彼は、三白眼を酒に潤ませジョッキを持つ反対の手でテーブルを叩いた。  人の罪から生まれる妖魔は、人を喰らう。喰らって罪を深めるほど、重い罪から生まれるほどに妖魔は力を増して強くなる。下級から中級、中級から高位へと。高位妖魔となると、普通の人間である第二部隊は歯が立たない。ミズホ国の妖魔狩り『珠玉』に狩ってもらうのが通常だった。  しかし今回の高位妖魔狩りはいつもと勝手が違った。まず、新しい対妖魔銃が導入された。それを使えば、『珠玉』でなくとも高位妖魔を狩れる可能性があったのだ。 「いつも言ってるだろう。手柄なんざくれてやればいい。命だけはくれてやるな。今回は命はとられなかっただけで満足しておけ」  カーズは笑ってグラスを傾け、ちびりとやる。カーズにとって手柄も名声もどうでもいいことだが、若い隊員にとってはそうではないだろう。それを分かっているだけに、釘を刺しておく。手柄や名声なんてものの為に大事な隊員の命を取られたくないからだ。 「それとあれは試作品だって言っただろう? 不確定なものに頼るな。痛い目に遭うぞ。ま、確かにあれは実用化されれば助かるがな」  治安維持警備隊の隊員全てに支給されている小銃では、中級妖魔以上の高位妖魔には傷一つつけられない。マギリウヌ国製の新しい対妖魔銃は、高位妖魔にも通じ上手く急所を撃てば殺すことも可能な代物だった。 「隊長は悔しくないんすか!? 明日の、ああもう、今日っすね。とにかく、朝刊にはまた載るんすよ。『ナナガの穀潰し部隊、高位妖魔に手も足も出ず』ってね!」  ニックは三白眼を細めてカーズを睨み、不服そうに口をへの字にした。  人間の罪から生まれる妖魔や、その妖魔の宿主を狩る。そうして人々を妖魔の驚異から守る。それだけならば立派な仕事のように思えるだろう。  実際はカーズたち第二部隊に中級妖魔以上の高位妖魔への対抗手段はない。牽制ほどの役にしか立たない小銃や剣で、人間の何倍もの戦闘力と身体能力、様々な特殊能力を有した妖魔と戦うのだ。それも、勝つ手段などないのだから、勝てる戦力である『珠玉』が到着するまでの時間稼ぎのみを、徹底的にやる。  殺して仕留めるよりも遥かに難しい足止めを、格上相手にやるしかない。 「おうおう、分かってんじゃねえかよ。分かってるついでに、んなもんどうでもいいって鼻で笑っとけや」  隣の筋骨隆々の大男、ウィークラーがニックの肩を叩く。 「ま、気持ちは分かるぜ。前の時ゃ『中級以下の妖魔と助かる見込みのある宿主をいたぶる殺人部隊』だぜ?あれは流石に堪えた」 「宿主の家族にとっちゃ、人殺しだからなあ。俺らは」  やりきれない面持ちでぼやくウィークラーに、ビルが同意した。ビルはがたいのいい体をほんの少し小さく猫背にして、ジョッキをぐびりとやる。 「今度の朝刊は『ナナガの消耗品、減らずにめでたい』かもな」  痩せたスキンヘッドのデイズがおどけた様子で肩を竦める。『消耗品』の単語にカーズのグラスを握る指がぴくりと動いた。 「デイズ」  カーズが静かな声で割り込んだ。 「穀潰し部隊も殺人部隊も、言いたい奴には言わせとけ。だがな、『消耗品』だけは言わせねえ。これだけは、この俺の全てを賭けて言わせはしない」  第二部隊には有り難くない別名が山ほどある。その一つが、『消耗品』である。カーズの最も嫌う別名だった。  カーズの声に心なしか隊員たちの背筋が伸び、場の空気が締まる。ここにいるのは第二部隊総員約二千名の内精鋭の三十二名、酒場は貸し切り状態だ。 「俺たち第二部隊は、貫く信念も誇りも持たなくていい。自分の命を全力で守り、与えられた任務をこなせ。いいか、自分の命が最優先だ。間違っても『消耗品』だなんて思うな」  事ある毎に言っていることをカーズは噛んで含めるように繰り返す。どんなに世間一般に疎まれようと蔑まれようと構わないが、これだけは譲れない。 「悪い。祝いの酒が不味くなったな」  ふっと表情を弛め、カーズは手で空中を払う仕草をした。締まった空気がゆるりと解けて隊員たちは自分のジョッキやグラスを傾けた。 「隊長は何でそんな風に思えるんっすか? 俺には無理っす。俺は正当な評価が欲しいし、誰がお前らを守ってやってると思うんだ! って言ってやりたいっす」  若い隊員ニックの言葉は皆の思いの代弁だ。  カーズの言っていることは、隊員たちも痛いほど分かっている。それでも常に揺らがない信念を持ち続けることは難しい。これもまた、カーズを含めた隊員たちは痛いほど知っていた。 「そこのカーズは今でこそ格好つけているけど昔は喧嘩っ早くてね。入隊して間もない頃なんてしょっちゅう隊長に意見してた、なんとも生意気な餓鬼だったさ」  空になった酒瓶を中身のあるものへ替えていく店主が、にやりと笑った。不自由な左足を引き摺り、酒瓶を下げる。 「えっ? そうなんすか? ってか、昔の隊長ってどんなだったんすか? 聞きたいっす!」  ニックが目を丸くして、回収した空の酒瓶を運ぶ店主を仰ぎ見た。店主は答えず、柔和な顔立ちに穏やかな笑みを浮かべているだけ。 「あ、俺も聞きたいですね」 「俺も聞きてえ」 「隊長、あんま昔話しねえもんな」 「だとさ。話してやったら? カーズ隊長」  次々と同意の声を上げる隊員たちに、してやったりと店主が笑って言った。 「は? マスター、俺の話なんざ面白くもなんとも……って、おいおい、お前ら、なんだその目は」  いつの間にやら隊員たちの視線がカーズを向いていて、その期待に満ちた目に思わずたじろぐ。 「あー、分かった。つまらなかったら適当に流しておけよ」  お手上げだとばかりに両手を上げてから、カーズは語り始めた。自分が治安維持警備隊の第二部隊に入ったばかりの時の事を。
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