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菜々という女は拓海の元カノだった。
だった、多分そうだろう。
でなきゃ、拓海が海音を好きになるのはおかしい。
菜々が昔イジメにあっていた。
聞いた瞬間、重なるのは海音がイジメられていたシーン。
海音が瀕死の血だらけの猫を抱いたことでイジメにあったのは中学に入ってすぐ。
菜々は中学に入り幼馴染だった拓海と付き合い出して。
先輩からの告白を断ったことで周囲に反感を買われてイジメられた、と。
くだらない、どっちもくだらない理由すぎる。
同じような時に二人とも周囲からの理不尽なイジメに耐えていたのだ。
自分が見て来たあの光景が、さっき自分を罵倒して殴った女にも起きていたのかと思うと胸が痛くなって。
それを両手の拳に閉じ込めてしまうようにギュッと握りしめた。
「菜々ってああいう性格じゃん、自分が悪くなかったら折れないし。だから女子たちは次に菜々の彼氏だった拓海のギターケースを狙ったんだよ、カッターで切り刻もうと。それを菜々が目撃して間に割って入ってさ」
そう言ってアオイは左の頬を縦にスッとなぞる。
「傷見なかった? あれ、その時にやられたの」
薄っすらと浮かんでいた桃色の縦の傷。
さっきオレを睨み上げてた時に気づいた。
「……ひでえな」
口をついて出たオレの言葉にアオイは頷いた。
「それきり菜々が学校に来ることはなくて、気付いたら菜々の父親が転校させてた。ハーフなんだよ、菜々って、父親がイギリス人でさ。イギリスの婆ちゃん家にいたんだって、ずっと」
中学生の時は何度尋ねても菜々の父親も母親も菜々の行方を教えてくれることはなかった。
自分のせいで怪我をしてそれきり離ればなれになった菜々を思って。
拓海は引き籠りになって、ようやくまた笑えるようになったのは、ここ二年ほど。
丁度オレらが塾で知り合った頃のようだ。
「アオイ、拓海はどうする気だよ、これから」
どうする?
その後の問いはアオイもわかってる。
海音を選ぶのか、菜々を選ぶのか。
「海音ちゃんと出逢って、やっと拓海に好きな人がまた出来たんだなって思ってたのにな」
まいったな、とアオイもため息をつく。
あの女……、菜々が帰ってこなければきっと海音と拓海は何となく付き合っていってたろうな、と思う。
中学から見てきて、海音が誰かを好きになるのは初めてだったから。
それが拓海なら、まあ仕方ないか、なんて思ってた、オレだって。
だけどさっきまでのように、アイツを責める気になれない。
拓海のことは諦めた方がいい、なんて。
何も知らないオレが言うのは間違ってた。
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