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夏が過ぎるのなんてあっという間だ。
あれから何度かバイトが重なったし。
変わらず練習も見に来ていたし、菜々はいつも普通に笑っていた。
普通にだ。
だからアレは夢だったんじゃないか、とか。
夢にしてはヤケにリアルで温度まで感じたほどだったんだけどな、とか。
やっぱりどう考えても菜々が、オレにキス、したような。
「っ!!」
菜々の横顔をボーッと見ていたオレの目の前にパチパチという音と共に眩しい閃光が走る。
「やらないの? 消えてるよ、周」
アオイに言われて自分の手元を見たら先ほどまでポタポタとゆっくり落ちていた線香花火がただの紐みたいになっていた。
ホラと手渡された手持ち花火は白く黄色く色を変えてやがてはオレンジ色になって静かに消えて行く。
夏の終り、菜々がどうしても花火をしたいと言い出したから。
急遽練習終りにアオイの家の庭で手持ち花火をすることに。
あれから本当に普通だからオレも普通にしていた方がいいのかって思ってたけれど。
拓海と二人で笑って花火している菜々を見るのが何となく面白くなくて。
目を背けて一人黙々と花火に火をつけた。
「周、私にも点けて」
伸びて来た花火の先、声の主が菜々なのはわかっていたから無言で着火してやった。
早くそれ持って拓海の方に戻れよ、と思うのに。
ストンとオレの隣にしゃがみ込んで。
「花火って儚いよね」
らしくねえこと言ってんなあ、と目だけで菜々を見たら。
オレの顔をじっと見つめていることに気づく。
「周にね」
「ん?」
「……、キスしたのは、そういうことだよ?」
多分誰も気づいてない、オレらの会話。
菜々の顔を見たらへらりと笑って。
「そういうことだから」
消えた花火を手にオレの背中をバンバン叩いてまた拓海の元に向かっていく。
……わかんねえよ、わかりずれえよ。
どうして欲しいか、そこまで言えよ。
16年と10ヶ月、オレの人生至上一番難解な出来事が起こった夏に。
一番この中で同じ時間を過ごしたのは菜々で。
一番オレの気持ちをかき乱したのも菜々だ。
腹が立つほど振り回されてる。
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