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「どうぞ、おかけください」  発した声も低くて男性か女性かわからなかった。俺がソファーに座るのと同時に、先ほど受付にいた女性がバインダーを持ってやってきた。目の前にいる性別不明の人物がそれを受け取る。 「安斎駿太郎(あんざいしゅんたろう)さん、三十八歳ですね」  俺がカウンセリングシートに書いた内容をそのまま読み上げる。 「お仕事は何を?」 「経理です」  性別不明の人物が顔を上げる。何だろう、どう思われているのかな。以前友人に無理やり連れていかれた合コンで経理だと言ったら、「何だかお金に細かそう」と笑われたのを思い出した。 「会社は、どんな会社ですか?」 「ええと、IT系と言ったらいいでしょうか」 「具体的に何を」 「AI、人工知能を使った製品の研究開発を行っています」  声が小さくなる。研究開発を行っているのは俺ではない。  俺の勤務先、株式会社イノベーテックは従兄である如月幸也(きさらぎゆきや)が立ち上げた会社だ。  十五年前、大学院を修了した幸也は企業に就職せずに自分で会社を起こすと決めて、俺にその会社の経理をやってくれと言った。  俺がそんなことを言われた理由はただ一つ。就職に有利だと思って経済学部に入ったのに、大学の卒業式前日でも就職先が決まっていなかったからだ。専門外のことにまるで興味のない幸也は、経済学部なら経理ぐらいできるだろうと考えたのだろう。
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