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とうとうゴールが見えてきた。黒い文字の領土は白紙にどんどん奪われていく。カーソルが最後の句点を吸い込んだ。処刑を終えた指をDeleteキーから離すと、カーソルは真っ白な画面の右端で規則正しい点滅を取り戻した。
しびれる指と共に立ち上がろうとすると、爪先が何かを踏みつけた。つまみ上げてみれば私の小説を印字した紙だった。残党を見つけたような思いで紙をぐしゃりと握りつぶす。思い直して紙を広げ、罰を与えるように引き裂いた。パソコンの光に透かした裂け目に紙の繊維が見えた気がした。この繊維はかつて大きな木だったのかもしれない。
空に向けて枝を広げた広葉樹林が切り倒される。小動物や昆虫たちは棲処を追われて一斉に逃げ出す。長い時を重ねて成長してきた木は文字通り木っ端微塵にされ、バラバラにほぐされ、再び集められて巨大なローラーに押し潰される。どっしりとした木は薄っぺらな紙に生まれ変わらせられた。せめて重要な記録や大切な約束のために使われればまだ報われたかもしれないのに、何の役にも立たず、世に出て行きすらしないくだらない小説を印字させられて挙句の果てに引き裂かれるのだ。
私は私の小説などのために犠牲になってきた多くのものたちに思いを馳せる。すると胸の奥に大きな塊のようなものが生まれて息苦しくなってきた。一体今までどれほどのものを失ってきたのか。
床に蹲り、紙の束を手に取る。紙を引き裂く直前にはこれらもすべて破り捨てたいという獰猛な衝動を持っていたが、せめてきちんとまとめて古紙として捨てようと思い立った。無為な時間に対する私の怒りで紙の輪廻を止めるわけにはいかない。
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