夜明けの彷徨

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 午前二時四十分。闇に塗りつぶされた部屋の中でパソコンのディスプレイだけが四角く光っていた。画面を埋め尽くしているのは縦に並んだ文字の羅列。整然と並ぶ文字の中ほどでカーソルは呼吸するように規則正しく点滅している。私は長い長い行列の先頭へカーソルを移動させるとDeleteキーを押し込んだ。  点滅を止めたカーソルがものすごい勢いで文字を吸い込んでいく。一文字一文字入力してきた文字たちが下から上へ吸い上げられ、どんどん消えていく。大量の文字がカーソルに喰われていく眺めは壮観だった。  一段落が消えると次の段落が右へ移動する。まるで処刑を待つ列を少しずつ詰めていくように。画面の右端にある処刑場を目指して文字たちはじりじりと移動を続けていた。  私はただ無感情に、文字が消えるさまをぼんやりと眺めていた。大量の文字が下から上へと吸い上げられていく様子は、いつしか砂時計の映像を逆回転させているように見えてきた。  砂時計を逆さにしても過ぎた時は戻らないように、私がこの大量の文字を入力してきた時間はもう戻らない。  吸い上げられた文字たちは天井から舞い降りて砂時計の砂のように私の上に落ちていく。音もなく降る文字たちは次第に私の足首を埋め、椅子に座った腰を埋め、Deleteキーを押し続ける指先を埋め、口と鼻と目を埋めていつか私は文字たちに窒息させられる。無為な時間を過ごしてきた罰として。  そんな空想をしながら私はDeleteキーを押し続けた。数個のキーを押せば一瞬で消える文字たちをDeleteキーで一文字ずつ消していく。十万字を超える文字たちは簡単には消えてくれない。キーを押す指が痛くなってきても私はやめない。なぜならこれは儀式なのだから。  この文字がすべて消えたら、私は小説を書くのをやめる。小説家になる夢はこの文字と一緒に葬り去るのだ。
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