序章 天使様

1/2
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ

序章 天使様

 ――新たな年度が始まり、慣れてきた四月の終わり。  夕焼けに染まる校舎から、人目を避けるようにそっと抜け出す人影があった。  セーラー服にローファー姿の少女は、辺りを警戒しながら校舎裏へと急ぐ。  鬱蒼とした木々の間を通り、彼女は裏門から学校を出た。  誰もいないことを確認しながら、夕闇の中に佇む電話ボックスへと向かう。  ほんのりとした明かりが寂れた公衆電話を照らしていた。  ギィ……――軋むような音を立て、電話ボックスのドアが開かれる。  少女が電話ボックスへ入ると、公衆電話が鳴り出した。  躊躇いがちに手を伸ばし、受話器を取り耳に当てる。 「もしもし?」  電話の向こうにいるのが待っていた相手なのかわからないので、名乗ることはしなかった。 『レナさん、ですね』  相手は少女の名前を呼ぶ。  男性とも女性とも取れない、曇った声。  ボイスチェンジャーを使っているのだろうか。 「天使様……」 『ええ、ご相談いただいた者です』  レナと呼ばれた少女は、電話に出た相手を“天使様”と呼んだ。 「噂は本当だったのね……」  学校で広がっている噂の一つ、天使様。  ある掲示板サイトからコンタクトを取ることができ、校舎裏の公衆電話で直接やり取りをすることができれば、という噂だ。  そんな不確かな噂に縋らなくてはないくらい、レナは追い詰められていた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!