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イミテーション
「ごめん」
階段を降り、地下にある店に入って座席に座るなり、謝られた。
その言葉に、今日の彼の用件を察した。ついに、この時が来たのだと。
待ち合わせの時刻より、少し早めに来ていたのだろう。祐亮の前に置かれたコーヒーは、既に半分くらい無くなっている。
僅かな期待と迫り来る不安を抱え、着る服を選ぶにも、メイクのカラーを選ぶにも手間取り、時間に遅れそうになった。だから、自宅から駅まで、駅からこの喫茶店まで、小走りに急いだため、喉が渇いて仕方ない。
祐亮に答えるより前に、サービスされた水を飲むと、そのまま店員にアイスティーをオーダーした。
「話って、何?」
薄々感じていた予感を無視し、あえて訊ねる。
「ごめん、恭子。好きな人がいる。別れて欲しい」
そう言って祐亮は、テーブルにぶつけそうな程、頭を下げた。
「それは、社内の人?もう、付き合ってるの?」
思わず、首に掛けたネックレスに手を添える。赤紫色に光る石が飾られたそれは、祐亮から、クリスマスに贈られたものだ。
「そ、それは……二人で出掛けたことはある」
はっきりと質問に答えなかったのは、言いづらいから、つまりどちらの答えもイエスなのだろう。内心では嘆息しながら、神妙な表情を作り、言葉を選ぶように返事をする。
「……少し、考えさせてくれる?会社のこともあるし……多分、一週間以内には……」
「わかった」
具体的な日数を提示したのがよかったのだろう。これで、ほんの少しだけ、時間の猶予ができた。
三日後、祐亮に伝えた日数よりは短かったが、これ以上気まずい思いをするのも嫌なので、思い切って電話することにした。
「もう、私への気持ちは無いんだよね……」
悲しそうな、淋しそうな……沈んだ声を出す。
「ごめん、」
「いいよ、別れる。今までありがとう、祐亮。楽しかった」
涙を堪えて、敢えて明るく振る舞うような声で、そう伝える。
「恭子、僕も楽しかった。本当にごめんね。ありがとう」
こうして、初めての恋を手放した。
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