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中野恭子は、恋と同時に仕事も無くした。
元々社内恋愛だった恭子と祐亮だが、立場は祐亮の方が上だ。派遣社員で、祐亮の推薦によって正社員登用を目前にしていた恭子と、創業メンバーで管理職の祐亮。
会社も辞めると告げた時、祐亮は、「公私混同はしない。君を正社員に推薦したことに個人的な感情は無いし、別れたからと言って取り下げるつもりもない」と言ってくれた。
しかし恭子は、耐えられなかった。
業務以外にも、ライバル社の研究をすること、いい仕事をするためには、自分自身が上質なサービスを受ける機会を作ることなど、正社員としてやっていける素養を教えてくれたのは、祐亮だった。
自分の仕事には、何かしら祐亮の影響が出ている。それに気付いた恭子は、これ以上、この仕事を続けることが出来なくなった。
幸い、次の派遣先はすぐに決まった。
「あれ、この石……」
新しい派遣先からの帰り道、ショーウィンドウに飾られた万年筆に目が留まった。キャップトップに飾られた、赤紫色の石を見つめる。
チリンチリン、と頭上でベルの音がして、扉が開く。
「あれ、お客さんでしたか。よろしかったら中にどうぞ」
店主は、同じ年頃の男性だった。白い肌に、やや彫りが深く整った顔立ちが印象的で、穏やかな微笑みを浮かべている。
改めて見回すと、その店は、全体的に深い緑色の外壁で、優美なロココ風なデザインが施されていた。扉の上には、『西洋骨董MARRON』と書かれた看板が掲げられている。
「もう閉店にしますが、お気になさらず」
そう言って男性は、扉に下がる『OPEN』の札を裏返して『CLOSED』にすると、恭子を招き入れた。
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