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「こちらは非売品なのですが……ご覧になるだけならどうぞ」
店の奥に設えられたカウンター席に案内される。
男性は、ショーウィンドウから万年筆を取り出し、恭子の前に置く。
「あの、これって……ずっと飾ってありましたか。石の色違いとかは……」
恭子の言葉に、男性はああと、納得した様子を見せた。
「アレキサンドライト、と言うんです。最初に発見された時、ロシア皇帝に献上され、当時皇太子であったアレクサンドル二世に因んで名付けられたと言われています。ですが、それ以上に特徴的なのは、昼と夜とで、色が変わることです」
「やっぱり、確かにお昼に見た時は、緑色だったと思ったんです。でも、今は紫っぽい色に見えて……」
男性の言葉に、恭子は声を高くした。これこそ、自分が気になったことなのだ。
「アレキサンドライトは、太陽光の下では緑色、蛍光灯などの下では赤味を帯びて見えます。これほど綺麗に色が変わるのは、天然では珍しいんですよ」
そういって男性は、愛おしそうに万年筆を見つめる。
その視線を恭子は、羨ましいと思った。
祐亮と交際していた時、こんな風に見つめられたことがあっただろうか。
いつも、恭子自身ではなく、その向こうの何かを、誰かを見つめているようだった。
恭子は、これも何かの縁だろうと、意を決して口を開く。
「宝石の鑑定って、お願いできますか。アンティークでは無いんですが……」
「最近のものですと買取はできませんが……鑑定だけなら。資格もありますので」
「じゃあ、今度持ってきますので、お願いします」
「わかりました、お待ちしています」
男性は、恭子に名刺を渡した。
「店主の栗田恵一と申します。お電話頂く時は、恵一と名前で呼んでください。父や母が出ることもありますので」
「あ、中野恭子です。予約した方がいいですか」
「どちらでも大丈夫ですよ。予約の方や先客がいる時は、お待ち頂くかもしれませんが」
恭子は、予約することにした。予約しておかなければ、せっかくの決意が挫けてしまうかもしれないと思った。
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