イミテーション

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「お待ちしていました、中野さん」  次の土曜日、予約した午後三時に店を訪れると、恵一が変わらず穏やかな笑顔で出迎えた。珈琲の香りが鼻をくすぐる。 「よかったらどうぞ」  恭子が店の奥にあるカウンター席に座ると、恵一は優雅な仕草で珈琲を差し出す。  優美で華奢なフォルムに、鮮やかな薔薇と金の縁取りで彩られたカップに注がれた珈琲。カップの下には、同じ柄のソーサーが敷かれている。金の縁取りが所々剥げているから、長い間使われてきたものなのだろう。  知識の浅い恭子にも、見ただけで高価な物と分かった。 「い、いいんですか、こんな高そうなカップ……」 「これ、実は同じ柄のコーヒーカップとティーソーサーなんです。コーヒーカップはソーサーが、ティーカップはカップが割れてしまって……説明した上で一緒に売ってもいいんですが、いっそ、店で使うことにしたんですよ」  言われて見れば、カップの口径に対してソーサーが少し大きく、ソーサーの中央の窪みも、カップの底に対してアンバランスな気がする。言われなければ分からない程度だが、それでも本来のセットではない以上、代用品に過ぎない。  恭子は、目の奥が熱くなり、涙を零しそうになった。 「あの、これです」  泣いてしまう前にと、持参したアクセサリーケースを差し出す。 「お預かりします」  恵一は白手袋をはめると、丁寧な仕草で受け取り、蓋を開ける。 「これは……」  中には、赤紫色の石が光るネックレス。 「これも、色が変わるんです。それで、万年筆と同じなのかなって……」 「天然石だとすると、この大きさのものはかなり珍しく高価です。この大きさですと、人工石かイミテーションの場合が多いのですが……」  そう言って恵一は、順番にいくつかの光を、様々な方向から当てた。  宝石には、天然石と人工石がある。採掘されるものが天然石、科学的に、天然石と同じ成分で作られたものが人工石であり、合成石とも呼ばれる。一般的には天然石の方が高価だが、アレキサンドライトに限っては、天然石はほとんど採れないことと、色の変化が特徴であることから、人工石であっても天然石に匹敵する価値がある。  しかし、天然石とは異なる成分で、一見すると同じような見た目のものがある。それが、人造宝石や模造宝石と呼ばれるイミテーションである。安価な素材で作られた模造宝石は、子供の玩具に使われるプラスチック製のものなど、素人でもすぐに判別できるものもあるが、人造宝石となると、知識が無ければ判別が難しい。中には、人工石を作る過程で生み出されたものや、安価な天然石を加工したものもある。 「残念ですが……人工石でさえ無い、イミテーションですね」 「ああ、やっぱり。そうですよね。はははっ、ああ、可笑しい」  恵一の鑑定結果に、恭子は思わず、大声で泣き笑った。
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