イミテーション

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 就職活動の結果が全滅だった恭子は、大学の卒業間際、どうにか新卒派遣にしがみついた。派遣は、将来的に見れば待遇面でのデメリットが大きいが、無職よりはマシだ。いくつかの派遣会社の説明会に出席した中で、教育制度が充実し、派遣先企業への正社員登用率が高い、販売業に特化したルチア・スタッフ株式会社を見つけた。  ルチア・スタッフの契約社員として三ヶ月の研修を受けた後、派遣されたのが株式会社マーティンだった。マーティンは黒を基調としたアパレルブランド「モーリス」を手掛ける新興の会社だ。  恭子が、河地(かわち)祐亮と初めて会ったのは、配属されたモーリス本店で働き始めて、一週間が過ぎた頃であった。 「中野さん、だっけ。よろしくね。ルチアのスタッフさんは、みんな優秀だから期待してるよ」  店長の仲介で挨拶をした恭子を、柔らかな笑顔で激励してくれた。  本店は、エリアマネージャーが視察する頻度も高い。月に数回、多い時には週に二回以上、祐亮は店舗に現れた。そうして自ら接客したり、恭子のフォローをしたりしてくれた。  恭子は次第に、祐亮の仕事ぶりや優しさに心惹かれ、それが、仕事上の憧れから恋に変わるまで、時間は掛からなかった。  恭子が、モーリス本店に配属されて六ヶ月を迎える頃、店舗スタッフの忘年会が開かれた。参加者は本店のスタッフのみだったが、本社ビルが近いこともあり、エリアマネージャーである祐亮が顔を出したのだ。 「中野さん、仕事はどう?慣れた?」  祐亮は、出入り口に近い下座に座っていた恭子の向かいに座り、そう声を掛けた。  慌てて店長が奥の席へ案内しようとしたが、祐亮はまたすぐ会社に戻るからと断った。 「はい。皆さん、丁寧に教えてくださって、何とかやっています」  恭子が当たり差し障りのない返事をする。 「謙虚なんだね。先月の売り上げ、結構よかったじゃん」 「あれは……マネージャーが一緒についてくださったお客様の分です」 「あれ?そうだっけ。黙って自分の手柄にしておけばいいのに。真面目なんだね、可愛いな、中野さんは」 「そ、そんな……からかわないでください」 「僕はいつでも、真剣だよ」  祐亮の言葉に、恭子は心臓の鼓動が速まるのを感じた。顔が熱くなり、それを隠すように、目の前にあったカクテルを飲み干した。  それから恭子は、どうしたのか覚えていない。  気付けば、祐亮と共に朝を迎えていた。
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