イミテーション

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 それから二人は、周囲には内緒で交際を始めた。察しのいい同僚達からは、「彼氏できたの?」と聞かれ、曖昧な返事をしたが、相手については特に聞かれず、恭子からも深く話さなかった。  しかし、三ヶ月が過ぎた頃、恭子は祐亮との仲を不安に思うことが多くなった。  きっかけは、祐亮の転勤である。  祐亮は、売り上げがなかなか伸びない関西を担当することになったのだ。  本社のある都内には、月の半分程度は帰ってくる。その時には、恭子とのプライベートな時間も作ってくれ、レストランで食事をし、朝まで過ごすことも多い。  しかし、関西へ向かうと、連絡が取れなくなる。  祐亮は関西に行くたび、携帯電話を無くしたり壊したりするのだ。  それでも一年間、不安を抱えながら祐亮との交際を続けた。  初めて二人で過ごしたクリスマスに、付き合って一年の記念でもあるからと、プレゼントをもらった。それが、このネックレスだった。  しかしそれから間もなく、祐亮から別れを告げられたのだ。 「でもね、正直安心したの。ああ、これで終われるって」  三日後に別れを了承した恭子が出社すると、店長から祐亮の結婚が決まったと聞かされた。相手は、元社員で祐亮の元カノだという。社員時代を写真を見せられ、雰囲気が中野さんに似ていると言われた。  その人は、家族の介護のため退職し、実家のある関西に戻ったため別れた。しかし、大阪の旗艦店が人手不足となったため、短時間のアルバイトとして復職したのだという。  祐亮が関西の担当となったことで再会し、互いの気持ちに再び火が付いたらしい。  あの時祐亮は、『好きな人ができた』ではなく、『好きな人がいる』と言った。 「初めから、身代わりだったのよ。今思えば、絶対、向こうに女がいるって分かるのに。ホント、馬鹿だったわ。そんなんだから、騙されるのよね。プレゼントまで偽物だなんて、馬鹿にしてるわ」  そう言って恭子は、目の前の珈琲を飲み干した。 「貴女のように素敵な女性を振るなんて、馬鹿な男ですね」  恵一が、珈琲のお代わりを注ぐ。 「私のことなんて、知らないくせに。でも、ありがとう。お世辞でも嬉しい」  恭子は、今度はじっくり味わうように、注がれた珈琲に口をつける。 「確かに僕は、恭子さんという名前くらいしか知りません。ですが、為人というものは、立ち居振る舞いに現れますし、人を見る目が無ければ、この仕事は務まりません」  恵一の言葉が心地よく、恭子はいつの間にか苗字ではなく、名前で呼ばれていることに気付かなかった。
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