イミテーション

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「曽祖父は、ずっと曽祖母を探していました。実は曽祖父は、戦後の混乱で記憶を失い、別の女性と家庭を持っていたそうです。ですが、出征前に発注した万年筆が、実家に届き、記憶が戻ったとかで」  それは、教師であった曽祖母のために作られたものだった。だから記憶を取り戻した実の曽祖父は、せめてそれだけは、本来持つべき女性に渡したかったのだろう。 「曽祖母は、最初は受け取らなかったそうです。ですが、栗田の曽祖父が祖母のためにと……」  曽祖母の立場では、受け取るわけにいかないだろう。しかし、実の父が娘に贈るものであれば、断る理由がない。骨董を生業とし、人と物との物語を多く見てきた義理の曽祖父だからこその、気遣いだったのだとわかる。 「素敵なお話ですね。私も、そんな風に思い、思われたかった」  恭子の両目から、止め処なく涙が溢れる。  互いに相手を想い、尊重した記憶が、この万年筆に込められている。  記念日のプレゼントに、模造品を贈られた自分とは余りに違い過ぎる。  しかし……祐亮は恭子自身を見てくれなかったが、恭子もまた、祐亮自身を見ていただろうか。今になって考えれば、憧れの人ではあったが、それ以上では無かったように思う。  互いに始めから、偽物の恋だったのだ。 「恭子さん。落ち着きましたか」  店を閉めた恵一が、恭子にハンカチを差し出す。 「ええ。ありがとうございます。ごめんなさい、取り乱しちゃって」  まだ、知り合って二回目の、それも客と店主という間柄の相手を前に、恭子は少々気恥ずかしさを感じた。 「いいえ。辛いことがあったのなら、当然です。三日でよく、別れの決断をしましたね」  恵一は、特に気にする様子もなく、三度、珈琲を注ぐ。  恭子はそんな恵一の言葉に苦笑した。 「私多分、祐亮が好きだったんじゃないわ。恋に恋してたのよ。こんな人が恋人だったらいいなって。それにね、時間をもらったのは、例のアレをを確認したかっただけ」  恭子が、祐亮への返事に三日かかったのは、気持ちの整理のためでは無かった。別れ話を切り出されるまで、気付かない振りをしていただけで、いつかはこの日が来るとわかったいたのだ。気持ちを整理するまでもない。  ただ、万が一妊娠していたら、祐亮にも責任がある。だから恭子は、生理が来るのを確認した上で、別れを了承した。 「アレって……ああ。やはり貴女は、素敵な女性ですね。賢く、理性的だ」  恵一は目を見開くと、降参したとばかりに、笑い声を上げた。
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