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②
ざわざわと波立つ心を静めようとテーブルに戻りコーヒーを飲んだ。
「えーと?」
正月はただただ戸惑っているように見えた。
イライラが止まらない。
「なんですか? キスしたかったですか? 襲われたかったですか?」
「や、や、や、や! そんなこと言ってないだろ! マジありえないから!」
顔を真っ赤にして叫ぶ正月。
確かに恋人だったと言った。過去形ではあったがあの男は正月を抱いたことがあるという事だ。
「でも、あのままだったら確実にやられてましたよね? あの酔っ払い。俺がいても気にせず突っ込んでいたんでは?」
これ以上言ってはいけない、嫌われる、とブレーキをかけようとしたが止まらなかった。
「つつつつつつ突っ込むとか……っ!」
俺の暴言に更に真っ赤になる正月。
「――――好きです」
ぽろりと零れた。
「――――――――はい?」
お願い。
俺の気持ちを受け止めて?
お願い。
俺の事好きって言って?
「だから一さんのことが好きって言ってるんですよ!」
お願い!
ドキドキドキドキ。
無音の世界に心臓の音だけが煩く響く。
「俺、不愛想だし人付き合い苦手なんだけど、一さんは俺が戸惑って失礼な態度いっぱいとっちゃったのにいつも笑顔で、優しくて……。そんなの……好きになっちゃう」
最後のほうは口の中でもごもごと。
段々落ち着いてくると途端に不安になって俯いて両手を膝で握りしめた。
ふと笑っている気配がして俺は顔を上げた。
「何笑ってるんですか……っ」
その笑いが決して侮蔑を含んだものじゃなくて、嫌悪を含んだものじゃなくて。
俺は正月の瞳の奥に確かな愛情を見つけた。だけど――
「俺も……好き? ――――かも?」
「なんで疑問形!」
こんな時でも疑問形。怖がりの俺は今はまだ感じるだけの不確かな愛情よりもはっきりと言葉にして欲しかった。確かな形が欲しかったのだ。
「だって分からないんだ!」
そう叫ぶ正月を見て気づいた。
あぁこの人も愛情に迷子になっている、と。
こんなにも俺に愛情を注いでくれるのに『好き』が分からないのだ。
ある意味俺と同じだったのかもしれない。
「わかりました。これからじーっくり分からせてあげます。覚悟しておいてくださいね?」
今まで俺は自分から動く事もなく愛情を他人に求めて求めて裏切られたと嘆いていた。
自分から手を伸ばした事もなかったというのに。
そんな俺に沢山の愛情をくれたあなたに今度は俺が愛情をあげますから。
沢山たくさん。
「――――お手柔らかに……」
とだけ小さく返事が返ってきた。
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