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エピソード☆7☆
一さんは、今日は仕事がまだ残っているらしく俺を家まで送り届けるとそのまま会社へ戻っていった。
ひとり残された部屋で俺はスマホを見つめていた。
子どもの頃から何度もなんども押して発信ボタンを押した事がない番号。
母親の電話番号だ。
震える指で発信ボタンを押した。
途端に切ってしまおうかと思った。だけど、数回のコールの後、「はい」という母親の声。もう切る事はできない。
「……!」
ひゅっと喉がなった。
一瞬の間の後母親の声がした。
「光? 何か用なの?」
「は、はい。あの……アパートを、解約、して、欲しくて……。それ、で、高校、卒業まで、かかる、はず、だった家賃、を、ください……」
これが俺が最近考えていた事だ。
俺は腕のヒビが治っても正月さんと一緒に住もうと思っている。
一さんと一緒に住むという事は高校生の俺が完全にお荷物状態となってしまうという事で。
バイトも始めようとは思っているが、一さんとの時間を減らしたくないから土日はできるだけ家にいたいし、と考えると稼げる金額なんてたかがしれている。
そこで、俺が高校卒業するまでは母親が出してくれるという家賃をもらえないだろうか? と、考えた。
我ながら甘い考えだ。
母親は怒りだすかもしれない。
母親は途中何度もつかかりながらしゃべる俺の言葉を黙って聞いていた。
「――それで、あなたはどこに住むの?」
「ゆ、友人、の家に、一緒、に……」
緊張で喉が詰まる。息が苦しい。
「――そう。分かったわ。手続きは私がやっておくから荷物の整理は自分でするのよ?」
「は、はいっ。ありがとう、ございますっ」
これで用事は済んだわけだがなんとなく切りたくなくて。
「お母さん……、病気、してません、か? 今、幸せ……ですか?」
俺は幸せです。あなたは幸せですか?
「――――私はいい母親ではなかったからあなたに嫌われていると思っていたわ。だけど私の事を気にしてくれるのね……。私は元気だし幸せよ。あなたは?」
「はいっ幸せです!」
「――ふふ」
母さんは小さく笑った。
「電話嬉しかったわ。それじゃあ身体に気を付けてね」
「うん。母さんも元気で」
電話は切れた。
最後は普通の親子の会話になっていた。
初めて母親の笑い声を聞いた。電話での話し声は穏やかで優しかった。
煩わしい子って思われたくなくて熱がでてもお腹がすいても電話をかけた事がなかったけれど、かけてよかったのかもしれない。
もっと早くに手を伸ばしていれば何かが違っていたのかもしれない。
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