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エピソード☆8☆
腕のヒビも治ったし今日は俺のアパートから荷物を持ってきて、一さんにこれからも一緒に住もうってお願いしよう。
一さんのアパートから出る時、一さんの様子が少しおかしかったのが気になったが大家さんとの約束の時間があったのでそのまま一さんのアパートを出た。
元々荷物が少なかったので大きな鞄ふたつに全部入れて大家さんに鍵を返して一さんのアパートへ帰った。
ドアを開けるとすぐに、なぜか一さんがフライパンを構えているのが目に入った。
「わっちょっー! 落ち着いて!」
「……? ――――葛城……?」
「何? なんでフライパン?」
「え? あ、いや、何でも……」
突然フライパンで殴られるかと思ってびっくりして気づかなかったけど、一さんの頬に涙の跡がいくつもあった。
俺はたまらず一さんを抱きしめた。
「ちょっ、な、なに???」
「なんで泣いてるの? またあいつが来たんですか?」
俺は涙のあとに自分の鼻先をこすりつけた。
泣かないで?
「ちがっ……! これはお前が――!」
「俺がなーに?」
返ってきたのは思ってもいない言葉だった。俺が?
「捨て……捨てられたと……おも、思って――っ!」
「なんでそうなるのかなー?」
逆はあっても俺が捨てるなんて事あるはずないのに。
安心させるようにちゅっちゅっと目元にキスを繰り返した。
「好きって言ったでしょう?」
一さんは真っ赤な顔で困惑した顔になった。
過去の男の事でも考えてるのか?
俺は一さんの鼻先をがぶっと噛んだ。
「いたっ」
「今あいつの事考えてたでしょう」
俺といるのにあいつの事なんて考えないで!
「ごめ……。甘くて……進とは甘くなった事なんかなかったなって……」
「もう! あいつのこと考えるのなし! 俺の愛は一途なんだからよそ見しないで」
俺の愛を分かって欲しくて、一さんを腕の中に閉じ込めて何度も何度も啄むようなキスをした。
段々落ち着いてきて恥ずかしいのか俺から離れようとしたけど俺は逃がさなかった。
少しして一さんは観念したのか大人しくなって、俺が家に帰ったはずなのに大荷物抱えて戻ってきたのはどういう事なのか? と聞いてきた。
簡単に、住んでいたアパートを引き払ったこととあの酔っ払い男の一件で流されやすい一さんが心配だからこれからもここに住まわせて欲しい事を話した。
「えー? 言ってよ――。車出したり荷造り手伝ったりできたのに」
そう言ってぷぅっと頬を膨らませた。
一緒に住む事を当然と受け入れて貰えているようだった。
先にアパートを引き払ったりしたのは本当は一さんの逃げ道をなくす為だった。
行き場のなくなった俺をお人よしのこの人は放り出す事なんてできやしない。
それでももしかしたら? と不安だっただけに一さんの反応は嬉しかった。
「荷物っていっても鞄ふたつだし、元々少ないんです。それにいきなり来て驚かそうかと思って」
にやりと笑って見せた。
「大好きだよ。一さん。俺を好きにさせた責任とってね?」
「喜んで!」
一さんはどこかの居酒屋の店員のように元気よく答えてその唇を俺の唇に押し当てた。
初めての一さんからのキス。大好きって言ってくれているようで、嬉しかった。
俺は今まで自分から手を伸ばす事はなかったけれど、あなたを手放すことなんてもうできません。
だから、愛を、一生分の俺の愛をあなたに捧げます。
どうか受け取って下さい。
-終-
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