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エピソード☆3★ ①
「葛城君、えーとどうぞ?」
俺が住むアパートより少しだけ大きく新しそうだった。
男にドアを開けられて中に一歩入って俺は思いっきり顔をしかめて大きくため息を吐いた。
「――汚い」
生ごみこそないけど脱いだ衣類や雑誌が散乱していた。
「あ、うん。掃除する! そのへん座ってて?」
そう言うと男は汗を垂らしながらてきぱきと片づけをしている。
片づけがまったくできないタイプというわけではないらしかった。
ならどうしてこの状態だったのか。
俺は立ったまま男が片づける姿を見つめていた。
三十分ほどで掃除が終わったようなので部屋のすみに腰を下ろした。
「お腹すいた、よね。何か食べたいものあるか?」
「――ない」
俺のぶったぎりの返事に嫌な顔ひとつみせなかった。
「そ、そうか。じゃあカレーにしよう。男の子だし好きだろう? カレー」
男だとなぜカレーが好きなのか?
そもそも手作りカレーなんて食べたこともない。レトルトと別物なんだろうか? それとも同じ?
何と答えていいのかわからず「別に」とだけ。
トントントン、トントントン。包丁を使う音が少しくすぐったくて心地いい。
自分がいる部屋で誰かが料理を作っている。初めての経験に心がざわつく。
どういう顔をしてこの空間にいればいいのかわからず、テーブルの一点を必死にみつめた。
そういしていると男は料理をしながら話しかけてきた。
「自分高校何年生?」
かろうじて「三」とだけ答える。
「じゃあ十八歳? 俺は二十三歳。お菓子を売るお仕事やってまーす。って言っても実際に店で売ってるわけじゃなくてお菓子を売ってくれるお店に売る仕事なんだけどね。俺、お菓子超ー好きでさ。それでこの仕事就いたんだけど、開発じゃなくて営業だからお菓子まったく食えねーの。それに気づいたのが入社して一年もたってからで進にも「ばかじゃね?」って笑われてさ、ははっ」
黙って聞いていたが『進』という言葉にひっかかった。
「――――進?」
突然の俺の言葉に男は振り向いた。
俺はじっと男を見つめた。
「――あーと友達?」
「どうして疑問形……。――長いの?」
「へ?」
「――だから、付き合い!」
なぜだかイラついて舌打ちまでしてしまった。
男はひどく驚いた顔をしている。
「――大学からだから……五年……?」
「ふーん……」
俺はなおも問い詰めてしまいそうになるのを押さえるために再びテーブルの一点を見つめた。
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