オジサンだけの街

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 バーの店内はカウンターの他にテーブル席が幾つもあり、かなり客が入っていた。僕はカウンターに一席空きがあったのを見つけて身体を滑り込ませると、ブラッディメアリーとチーズやハムの小皿を頼んだ。バーにしては食事のメニューも充実しており、ここで夕食を済ませてしまうことにした。退職金と失業手当で当面はなんとかなるだろうが、はてこれからどうしたものか。二杯目に注文したシャンディガフをすすりながら思案していると、隣の客の会話が聞こえてきた。したたか酔っているのか、二人とも声が大きい。 「単純労働こそ人工知能に取って代わられるという予測は全く的外れでしたね」 「全く嫌な世の中になったものだ。優秀な者が社会を追われ、頭を使わない奴らに我が物顔されるなんて」 「人工知能の稼ぎで税収はむしろあがっているようですが、それも一時のこと。この国はいずれ衰退しますよ」 「はっ! ベーシックインカムね。人工知能様のおこぼれをいただきながら生きながらえるなんて真っ平だ」 「何かあったんですか」  僕は思わず隣の客に話しかけた。二人は僕より同じ年代か少し年上のようで、一人は商社マン風、もう一人はジャケットに法曹界の金バッジを付けていた。二人ともこざっぱりとした髪型に磨かれた靴、スーツも余程良い仕立てのものと見え、社会的地位の高さを思わせる。 「何もかにもあるか。私もこの人も、今日職場からクビを言い渡されてね」 「飲まないとやってられないとこの店に来て、隣の席同士、意気投合した訳です」 「お二人は初対面だったのですか。実は僕もとある会社のエンジニアだったのですが、ついさっきクビに」 「解雇理由は流行りの人工知能ですか」 「ええ。お二人もですか」  近づきのしるしに、僕たちはそれぞれ持っていたグラスで乾杯した。商社マン風の男が息巻いた。 「私は経営戦略を練る部署にいたんですが、私を含め全員解雇。この流れは経営戦略だけじゃない。経理や人事、財務など、経営の中枢を担う部署はどんどん人工知能に取って代わられているんだ」 「私は弁護士なんですが、私の仕事は人工知能が吐き出した最適な訴訟の進め方をそのまま実行するだけ。それが嫌で嫌で。今回の解雇も、殆ど自分から言い出したようなものです。ですが転職しようにも、他の事務所も似たようなものだと思うとうんざりします。裁判所も検察も一緒でしてね、今や裁判は人工知能同士の戦いの場です。いずれ裁判という手続き自体がなくなるでしょう」  知らない間に、人間の働く場がそこまで浸食されていたとは。普段からニュースをチェックしていたら、いきなり解雇される前に何らかのアクションを取れたのではないか。僕は後悔した。 「全くやりきれない。最近では学歴を実際より低く言う学歴詐称が多いんだそうだ」 「下手に知識やプライドを持った人間など要らないということですか」 「こんなことなら、苦労して司法試験を受けるんじゃなかった」  僕たちは自分の悲劇を呪い、明日から何をしていくべきか頭を抱え、互いの声に耳を傾け、傾けるふりをしてやはり自分の将来を嘆き、慰め合った。杯がどんどん進むうち僕たちの声は段々大きくなり、気付くと他の客が僕たちの席の周りに集まってきていた。政治家、大学教授、証券トレーダー、医師、薬剤師、建築士、小説家、翻訳家、デザイナー、他にも様々な職業の者がいた。
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