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「あなた方も人工知能に職を追われたのですか」
「私もそうなのです。うちは子供が三人もいるのでベーシックインカムだけでは生活が……」
「人間のための人工知能が、逆に人間を苦しめるなんてナンセンスだ」
「人工知能の機能について政府は何らかの規制を設けるべきだ」
「いずれ人工知能による世界大戦が起こるぞ」
皆酔っぱらった勢いで口々に騒ぎ立てるので、うるさくてかなわない。商社マン氏が両手を広げて静まるように言い、多くの人はそれに従ったが、今度はあちこちで乾杯したり身の上話を始めたり意気投合して抱きついたりでさらに大変な騒ぎになり、再度商社マン氏が今度は大声を出して皆を黙らせなければならなかった。彼はカウンターに乗りあがって客席を見渡して言った。
「同じ境遇の人間が一箇所に集まったのも何かの縁です。きっとこれは我々に対し、人間にしか成し得ないことをせよと言う、神のような存在の思し召しでしょう。一人ではできることに限りがあるが、ここには各分野の専門家が集まっている」
「確かにその通りだ」どこからか合いの手が飛んだ。
「皮肉なことだが、私たちは敵たる人工知能によって、一定の収入を保障されている。食うために何かをしなくていい自由がある。そして、我が国には過疎化により、人間が住まなくなった土地が多くある。人間による人間のための都市を我々が新たに作ることができる訳です」
「それはいい!」元政治家だった男がしゃがれ声で目一杯叫んだ。「早速都市の場所を選定せねばなりませんな。できれば観光地として打ち出せる特色のある場所がいい」
「もちろん、これを実行するには、その新しい都市に移住しなくてはなりませんし、最初は苦労することでしょう。人工知能に頼っていた方がいいと後悔するかもしれません。勿論、この場にいる全員に来ていただき、力になって欲しいですが、無理にとは申しません。私は酔った勢いの与太話を申し上げている訳ではありません」
商社マン氏は自分の鞄から紙束を取り出すと、近くに居る者から順番に配り始めた。彼が用意した部数はあっという間になくなり、後ろの方では一部を何人かで分け合って読んだ。そこには、彼の言った移住計画の詳細が描かれていた。
僕は面食らって彼に小声で聞いた。
「あなたはなんて人だ。用意周到すぎる」
「人工知能にはずっと危機感を抱いていましてね。近い将来、こういうことが必要ではないかと、業務の合間に半ば空想で作っていた資料です。まさか自分が移住する側の立場になるとは思っていませんでしたが」
酔客達はさすが元エリートだけあって、アルコールをソフトドリンクに代え、この計画を実行に移すべく議論を始めた。僕はその熱気に圧倒されながらも、自分の人生に新たな目標が見つかった希望に胸が満たされていくのを感じていた。
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