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ぱちりぱちりと火のはぜる音がする。ゆらゆらと揺れる大気に、ほのかな暖気が混じり、木の燃える香りがした。
浮き沈みを繰り返す意識の合間に、具のないスープと、ぬるま湯を口にする。時の流れははっきりしない。体は順調に回復していた。
あなたは頑丈だね、と感心した声がする。起き上がり、器を手渡す向こうにいる相手。触れた指の細さや長さ、近くにいるときの気配や物音。見えずとも読み取って、相手が兵士などではありえないことははっきりしていた。
「今は、夜か?」
「そう。前回の戦は、銀の君が勝ったから」
「だが昼の国がまた動く」
「金の君は、負けず嫌いで有名だからね」
ここに来てから二度、戦があった。その度に、空は色を変えている。
昼の国の王、金の君が勝てば、太陽の照る昼間に。
夜の国の王、銀の君が勝てば、月の輝く夜に。
「そろそろ、目が開きそうなんだっけ?」
「ああ。布を取ってくれ」
「……わかった」
恐る恐る、というように指が顔に触れた。分厚い布が取り払われ、炎の光がまぶた越しに見えた。徐々に開けた視界は、まだぼんやりとしていた。
「大丈夫? 顔洗うなら、池が近くにあるよ。怪我の具合を見たければ、割れてるけど、鏡も」
気を利かせたのか、鏡はすぐ目の前に掲げてあった。ようやく輪郭がはっきりして、現れた自分の姿に、息をのむ。
怪我ではない。どんな傷も、時とともに後さえ残さず消える。驚いたのは、色だ。
指を入れて、中途半端に伸びた毛を握る。間違いなく、自分の髪だった。
人は、色を科して己の生きる道しるべとする。
祖先より引いた血筋と神のもたらす祝福の内、二つあるうちの一つ――最も尊ぶものより、色をいただく。
昼の国、夜の国ともに、多くは成人の前に神殿で神官から「最も尊ぶもの」を問われて、答えを口にする。
昼の国に住む者なら、金の君と答え、王の司る空の青を。
夜の国に住む者なら、銀の君と答え、王の司る空の黒を。
髪は――真っ白に変わり果てていた。あいにくと、両の目は右の青、左の黒のままであっても、十分だった。
はは、と乾いた笑いが漏れた。
「お兄さん? 大丈夫?」
気遣う目線にはっとした。鏡の後ろから、フードのついた長い上着を頭から着込んで、こちらを窺っていた。顔は影の奥で、炎の照らす光の外だ。
「……すまない。一番に礼を言わねばならなかった」
「ううん。何もしていないもの。あなたは自分で怪我を治して元気になったんだよ」
表情までは読み取れなかった。ただ、声は明るい。
「よかったね、お兄さん。これで、家に帰れるね」
疑う余地のない、心からの寿ぎに、二重三重に凍り付いた。
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