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戦があった。遠い喧騒と怒号を、空気の震えを通して見透かすうちに、空の色が変わった。漆黒ではないが、光もない、曖昧模糊とした濃い灰色の世界。見えぬこともないが、見通せることもない。薄暗い、昼と夜の間。戦いが拮抗し、昼の国が優勢になったため、空の色が変わったのだ。夜が押し返せば、また暗くなる。が、昼に変わると確信があった。
周囲が見えるようになって、寝起きする場が過去の野営地の名残と分かった。かろうじて三方の壁と、穴の開いた木板の屋根があり、雨露をしのぐ住処になっていた。
夜の間は、少ない薪で小さな火を焚いていた。荒野や、放置された戦の瓦礫から食料をみつけ、池の水で煮込む。
生きているのが、不思議な暮らし。
目が開いても、両国に知られた――太白を名乗っても、状況は何も変わらなかった。まだ寝てていいよと、気遣われただけ。
声は、柔らかかった。
とうに治っていると、太白は言えなくなった。
物音がして、つい探っていた。獣は人の気配に寄り付かない弱いものばかり。遠ざかっていく足音に、毛布を跳ねのけていた。
終わらない戦いのさなかに動き出すなど、狂気の沙汰だ。
大きな服の上からでもわかる、細い体。剣の一太刀で、儚く消えてしまうに違いなかった。
足や腕の添え木はそのままだ。もどかしく無造作に引きはがして、剣を喚ぶ。
決して折れない剣を、常にそばに。
武人として、強くあろうと生きる太白に、神が与えたもう一つの祝福だ。
煙の中に似た視界で、聴覚を頼りに後を追う。けれど、すぐに見失った。戦場独特の空気と、薄い血の気配に紛れた。
終わりかけた争いの中で、徐々に灰色の景色が色を薄く変えていく。
どさりと物音がした。倒れたのは、人だ。おそらくは、逃げてきた敗残兵。その隣には、小さな影があった。影は、倒れた兵士の腕を取っていた。倒れたため、腕は奇妙に捻じ曲がる。引っ張ったところで、もう動かなかった。しばらく立ち尽くし……もう一方の手を伸ばして、死体に触れ――消した。
人を、消した。命尽きたとはいえ、その痕跡を、生きた軌跡を、あっさりと消し去った。
「こ、の……化け物!」
瞬時に、体が動いた。うごめく影に向かって走り、抵抗のない体を地面に組み伏せた。剣を迷わず振り上げる。
視線が合ったのは、一瞬だった。
「たいはく?」
「――っ!」
切っ先は、わずかにずれて、首に一筋の朱が走った。
空が、青く染まる。白日の下にさらされたのは、目の前に広がる、長い髪。見開かれた双眸。
どちらも、燃える焔の色だった。
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