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教科書や資料があちこち無造作に置かれた生物準備室の窓はすべて締め切られていて、空気は湿っぽかった。外は澄み切った雲一つない青空で、桜が満開の気持ちのいい季節なのに。
蒼井梨子は、一歩ずつゆっくりと後退りして、いよいよ校舎の裏庭に面した窓に背中があたりストップした。遠くにざわめきは聞こえるけれど、裏校舎の端の小さなこの部屋のそばに人気はなく、しんとしている。
「秘密、バラされたくないだろう? ほら、一枚でいいから。ねえ?」
銀縁の眼鏡が曇ってしまいそうなほど鼻息を荒くした生物の沼地先生は、梨子にじりじりと迫ってくる。沼地先生の額には脂汗が滲んで、黒い前髪がぺったりとくっついていた。
梨子にとって、こんな事態は久しぶりだ。出口へ逃げようにも、足は今にも震えてしまいそうだし、先生のそばを通らなければならない。
今日は初めての生物の授業があって、梨子はただ、春休みの課題のノートを運ぶお手伝いをしに来ただけだったのに。
簡単に人を信用してはいけないと分かっていたはずなのに。
梨子は、この春この桜ノ宮高校に転入して2年生になったばかりだった。
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