5.「敗者の街」

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5.「敗者の街」

「名前は……オリーヴ・サンダース、だと、思う!」 『歳は?』 「あ、ありゃ? 忘れちゃった……?」 『出身地は覚えてるか?』 「ええと……エディンバラ生まれの……育ち、どこだっけ……」 『居住地は?』 「むぐぅ、ちょっとわかんない……」  ロデリックの質問で、自分の記憶が結構抜け落ちているとわかった。  もしかして、これ……結構やばい状況? 『今の景色はどんな感じだ?』  そう聞かれて、辺りを見回す。目の前に中性的な美男子がいること以外、特に変わった様子はない。 「えっと……普通の街って感じかな……」 『……。具体的に『どこっぽい』みたいなのはわかるか?』 「え? そ、それは……うーん……? ケンブリッジっぽい……?」 『なるほどな……』  そういえばロデリックの著書に、似たような状況が書いてあった気がする。  つまり……私も「敗者の街」に来ちゃったってことなんじゃ……? 「ごめんね。俺が巻き込んだっぽい」  目の前の青年は申し訳なさそうに俯いた。  うーん、これは絵になる。……なんて言ってる場合じゃないか。 「もしかして……あなた、ロデリックの奥さん?」 「そうだよ。今は兄貴の骨格を借りてる」 「こ、骨格を……」  何がどうなってるのか分からないけど、ややこしいことになってるのは間違いないらしい。  アンドレアの顔立ちは元から中性的だったから、パッと見はそこまで大きく変わったようには見えない。ただ、身長はだいぶ伸びたし、泣きぼくろがなくなっている。あ、肩幅も広くなったかな?  まじまじと見つめていると、電話先から『とりあえず話進めんぞ』と苛立った声が聞こえた。ロデリック、もしかしてこっちの様子見えてる……? まさかね。 『アンの中に『扉』ってのが残されてたみたいでな。なんかのきっかけでオリーヴが吸い込まれちまったらしい』 「と、扉……!? それ、アンさんは大丈夫なわけ!?」  いや……だって、それ……よく分からない世界と接続する媒介になっちゃってるってことでしょ? 『……義弟(おとうと)が詳しい奴にメールで聞いたらしいんだが……今のところは大した問題じゃねぇってよ。ただ……その『扉』から良くないもんが『出て来ようとしてきた』場合、かなりまずいとも言ってた』 「それで、俺の魂が『扉』に紐づいてる可能性が高いから、あっちの身体を眠らせて君を助けに来たってところかな」 「そ、それはそれは……どうもご迷惑を……?」  まだちょっと混乱してるけど、だいたい把握した。  要するに、以前のゴタゴタでアンドレアの魂に「扉」が残っていて、それが緩んで私が吸い込まれ、これ以上現実世界に干渉させないようアンドレアは亡き兄の屍に自分の魂を憑依(ひょうい)させた。  ……で、これから私たちはこの空間から無事帰る方法を探さないといけないってこと、か……。 「いいや、迷惑かけたのはたぶんこっち。……だから、責任は取るよ」  アンドレアは首を横に振り、自然な動作で敬礼をした。 「は、はい……」  思わず声がうわずる。  女の人なんだよね、この人。今は特に王子様みたいな顔立ちで、心臓に悪い。  ん……? お兄さんの骨借りてるってことは、今の身体は男の人……? 『……だから言ったろうが……アンは男女問わずモテるんだよ……!!』 「……? そんなにモテた記憶ないぞ」  電話先からの叫びに、首を傾げるアンドレア。  無自覚かーそっかー。 「あーね! モテる人はだいたいそう言うよね。ロデリックも大変だね」 「えっ」 『ほんとだよ……心臓持たねぇ……』 「ええっ」  ……あれ。なんだろう。大切なことを忘れている気がする。  ぽっかりと、あるべき「何か」が抜け落ちているような……  これは、いったい、何……?  ***  何かあったら連絡すると約束し、ロデリックとの電話を切った。 「サンダースさん、大丈夫? 身体の調子とか、異変はない?」 「い、今のところは……」  アンドレアに連れられ、見慣れた……というより、どこにでもありそうな街並みを進んでいく。  どうやら記憶はそこかしこに穴が空いているらしく、何が思い出せないのかすら今のところは思い出せない。  赤髪の青年の姿が視界に入り、立ち止まる。……おお、この人もかっこいい。キリッとした凛々しい顔立ちで、(みどり)の眼光も鋭い。……ただ、ちょっと性格キツそう……かも? 「久しぶり、レヴィ」 「ああ。……まさか、再会するとは思っていませんでしたが」 「……前世の記憶のせいだったっけ、その話し方」 「……まあ、おそらくは。主従か何かだったのかと」 「うーん、冗談に聞こえない……」  前世って何? そういや魂が云々って空間だったっけ、ここ……。  私が困惑しているのに気付いてか、赤髪の青年……レヴィはコホンと咳払いをし、腕を組んだ。 「迷い込んだ原因に関しては、未だ調査中だ。……悪いが、しばらく留まってもらうことになる」  ばつの悪そうな表情で、レヴィはそう言った。
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