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7.「迷い子の森」
「なるほど、きみ達も気が付いたらここにいたんだね」
ポールの言葉に、ぎこちなく頷いた。
どうやら、ここにいる四人ともが「いつの間にか」変な空間に迷い込んでしまっていたらしい。
ロデリックに連絡したいけど、持ち物は全部どこかに落としてしまったらしく、どうにもできない。
「それにしても、不思議だね。マノン・クラメールに、オリーヴ・サンダース、レオナルド・ビアッツィ……それでぼくがポール・トマ。ぼくとマノン以外国籍は違いそうなものなのに、なぜか言葉が通じてる」
「……そういう空間、なのかも」
何となく、そう言ってみる。
「と、いうと?」
ポールに問われ、答えに詰まる。
「あー」
……と、いきなりレオナルドが声を上げた。いつの間に起きてたんだろう。
「オレ何となくわかるぜ。ここっぽいトコ来たことあるしよ」
やっぱり、彼は「敗者の街」に来たことがあるらしい。私の記憶は穴だらけではあるけれど、そんな記憶でもまだ頼りになることはありそうだ。
「ゲージュツカ……だっけか? カ……何とかって野郎の弟がどうにかして…………なんだっけな」
もう一人記憶がありそうな人は、どうにも役に立たなさそうだし……。
ただ、私が知ってる人名や地名も全部仮名だから、どこまで役に立つかは未知数だけどね。
「カだけじゃ分からないなぁ。男性名ならカルロスとか、カジミールとか色々あるし……あ、カミーユもか」
「お、それそれ。カミーユだカミーユ」
レオナルドが食いついた名前に、今度はポールが「ん?」と反応した。
「芸術家で、カミーユ……。まさか、カミーユ・バルビエのことだったりするのかな」
「……カミーユ? 死んだんじゃなかったっけ、あいつ」
カミーユ・バルビエ。
私は聞いたことのない芸術家だったけど、ポールとマノンは知り合いだったらしい。
「えっ、カミーユって死んだのかい? それは初耳だ」
「ニュース見なかったの? 惨殺死体で見つかったらしいけど」
「……う、うーん……? ニュースはしばらく見てなかったから……」
「そうだとしても、芸術家界隈で噂になったりしなかった?」
どうやら、ポールは芸術家らしい。
マノンに突っ込まれ、ぐっと言葉を詰まらせたのが見て取れた。
「……まあ、でも仕方ないかもね。あんたの作品って壁のシミみたいなのしか評価されてなかったし」
「壁のシミって……あれ、超大作なんだよ」
もしかして、前衛的な作風っぽいのかな。
私は結構好きだけどな。抽象画とかボップアートとか……。
「……って、マノンさんとポールさんはどういう関係?」
気になって、突っ込んでみる。
「ん? ああ、学生時代の知り合いだよ。元カノの友人ってところかな」
「そんなとこ。あと、私はデザイナーで彼は芸術家。美術分野って括りだと同業かな」
なるほど……ってことは、二人とも美術系の大学を出てるのかな。フランスはそういうのに力を入れてるみたいだし。
「へー、兄ちゃんもゲージュツカか。オレそういうの全然わかんねぇわ」
「大丈夫だよ。芸術なんてよく分からない……そういう人の魂に訴えかけてこそのアートだと思っているし」
ポールは嫌な顔ひとつせず、レオナルドに向けて笑いかける。
キザではあるけど、結構いいやつなのかも?
「おっ、嫌味な方のゲージュツカより話せそうじゃん?」
「カミーユはカミーユでいいやつだと思うけどなぁ」
苦笑しつつ、ポールは肩をすくめる。
マノンは少し複雑そうに黙り込んで、「……それより」と話題を変えた。
「これからどうするか、ちゃんと考えない?」
「……そうだね」
ポールも頷く。
変な空間に迷い込んでしまったとはいえ、四人もいればどうにか突破口は掴めるはず。
「じゃあ、早速出口を探そっか!」
私の言葉に、他の三人の声が重なる。
「私、探してる相手がいるんだよね」
「ちょっと調べたい場所があるんだ」
「つか、オレの弟知らね?」
………………。
大丈夫かな、このメンバー……。
***
「……それで? 私をここに連れ出して……何が目的かな?」
二つの影が、静寂に揺れる。
「ぼく、知ってるよ。おまえ……悪いヤツなんでしょ?」
片方の影が楽しげに笑う。
「まあ……だから、ここでこき使われているんだろうね。贖罪、の名目で」
穏やかな口調で、もう片方の影は答える。
「へぇ……償う気、あるの?」
けれど、その問いで、穏やかな仮面は崩れ去る。
「まさか。……私は諦めてなどいないよ。私にとって何より大切なのは、欲望だ」
下卑た笑いが響く。
「やっぱりね」
影がひとつ、揺らめく。
「じゃあ……良いよね」
「……? 何の話かな」
「いただきます」
片方の影が膨れ上がり、巨大な塊となる。
「こんなもの、いつの間に──」
与えられたのは驚く暇のみ。
顔のない男の影が、頭から喰らわれた。
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