7.「迷い子の森」

1/1
前へ
/46ページ
次へ

7.「迷い子の森」

「なるほど、きみ達も気が付いたらここにいたんだね」  ポールの言葉に、ぎこちなく頷いた。  どうやら、ここにいる四人ともが「いつの間にか」変な空間に迷い込んでしまっていたらしい。  ロデリックに連絡したいけど、持ち物は全部どこかに落としてしまったらしく、どうにもできない。 「それにしても、不思議だね。マノン・クラメールに、オリーヴ・サンダース、レオナルド・ビアッツィ……それでぼくがポール・トマ。ぼくとマノン以外国籍は違いそうなものなのに、なぜか言葉が通じてる」 「……そういう空間、なのかも」  何となく、そう言ってみる。 「と、いうと?」  ポールに問われ、答えに詰まる。 「あー」  ……と、いきなりレオナルドが声を上げた。いつの間に起きてたんだろう。 「オレ何となくわかるぜ。ここっぽいトコ来たことあるしよ」  やっぱり、彼は「敗者の街」に来たことがあるらしい。私の記憶は穴だらけではあるけれど、そんな記憶でもまだ頼りになることはありそうだ。 「ゲージュツカ……だっけか? カ……何とかって野郎の弟がどうにかして…………なんだっけな」  もう一人記憶がありそうな人は、どうにも役に立たなさそうだし……。  ただ、私が知ってる人名や地名も全部仮名だから、どこまで役に立つかは未知数だけどね。 「カだけじゃ分からないなぁ。男性名ならカルロスとか、カジミールとか色々あるし……あ、カミーユもか」 「お、それそれ。カミーユだカミーユ」  レオナルドが食いついた名前に、今度はポールが「ん?」と反応した。 「芸術家で、カミーユ……。まさか、カミーユ・バルビエのことだったりするのかな」 「……カミーユ? 死んだんじゃなかったっけ、あいつ」    カミーユ・バルビエ。  私は聞いたことのない芸術家だったけど、ポールとマノンは知り合いだったらしい。 「えっ、カミーユって死んだのかい? それは初耳だ」 「ニュース見なかったの? 惨殺死体で見つかったらしいけど」 「……う、うーん……? ニュースはしばらく見てなかったから……」 「そうだとしても、芸術家界隈で噂になったりしなかった?」  どうやら、ポールは芸術家らしい。  マノンに突っ込まれ、ぐっと言葉を詰まらせたのが見て取れた。 「……まあ、でも仕方ないかもね。あんたの作品って壁のシミみたいなのしか評価されてなかったし」 「壁のシミって……あれ、超大作なんだよ」  もしかして、前衛的な作風っぽいのかな。  私は結構好きだけどな。抽象画とかボップアートとか……。 「……って、マノンさんとポールさんはどういう関係?」  気になって、突っ込んでみる。 「ん? ああ、学生時代の知り合いだよ。元カノの友人ってところかな」 「そんなとこ。あと、私はデザイナーで彼は芸術家。美術分野って括りだと同業かな」  なるほど……ってことは、二人とも美術系の大学を出てるのかな。フランスはそういうのに力を入れてるみたいだし。 「へー、兄ちゃんもゲージュツカか。オレそういうの全然わかんねぇわ」 「大丈夫だよ。芸術なんてよく分からない……そういう人の魂に訴えかけてこそのアートだと思っているし」  ポールは嫌な顔ひとつせず、レオナルドに向けて笑いかける。  キザではあるけど、結構いいやつなのかも? 「おっ、嫌味な方のゲージュツカより話せそうじゃん?」 「カミーユはカミーユでいいやつだと思うけどなぁ」  苦笑しつつ、ポールは肩をすくめる。  マノンは少し複雑そうに黙り込んで、「……それより」と話題を変えた。 「これからどうするか、ちゃんと考えない?」 「……そうだね」  ポールも頷く。  変な空間に迷い込んでしまったとはいえ、四人もいればどうにか突破口は掴めるはず。 「じゃあ、早速出口を探そっか!」  私の言葉に、他の三人の声が重なる。 「私、探してる相手がいるんだよね」 「ちょっと調べたい場所があるんだ」 「つか、オレの弟知らね?」  ………………。  大丈夫かな、このメンバー……。  *** 「……それで? 私をここに連れ出して……何が目的かな?」  二つの影が、静寂に揺れる。 「ぼく、知ってるよ。おまえ……悪いヤツなんでしょ?」  片方の影が楽しげに笑う。 「まあ……だから、ここでこき使われているんだろうね。贖罪(しょくざい)、の名目で」  穏やかな口調で、もう片方の影は答える。 「へぇ……償う気、あるの?」  けれど、その問いで、穏やかな仮面は崩れ去る。 「まさか。……私は諦めてなどいないよ。私にとって何より大切なのは、欲望だ」  下卑(げび)た笑いが響く。 「やっぱりね」  影がひとつ、揺らめく。 「じゃあ……良いよね」 「……? 何の話かな」 「いただきます」  片方の影が膨れ上がり、巨大な塊となる。 「こんなもの、いつの間に──」  与えられたのは驚く暇のみ。  顔のない男の影が、頭から喰らわれた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加