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4.ヒトクイの晩餐
(浩司、全く連絡してこないな)
結局あの日以来音信不通のままだ。路地にいた気味の悪い少女の言葉が少し気になり連絡してみようかとも思ったがせっかく連絡が途絶えたのだからとそのままにしている。共通の友人がいるわけでもないので彼の現状を知ることはできないが、事故や事件のニュースで彼の名が挙がることもないので元気にしているのだろう。
数年後、誰と付き合っても長続きしなかった私にようやく心から愛せる人ができた。結婚の話も出ている。服装や化粧も以前のように派手なものではなく、彼好みの落ち着いたものに変えた。料理をする機会も増えたのでネイルも止めている。
ある日、彼から行ってみたいレストランがあるんだと言われ告げられたのは例のイタリアンレストランの名前だった。浩司と最後に会った店。断る理由もなかったので喜んで予約をした。待ち合わせより十分程早く着いた私はぼんやりと店の看板を見上げる。
(そういえばあれから一度も連絡してこないな。本当に死んじゃってたりして)
私はふと祖母の〝ヒトクイ〟の話を思い出す。人の姿をして人に近付き、そして……喰らう。浩司は喰われてしまったのだろうか。
(そんなことあるわけないじゃない)
馬鹿馬鹿しい、と首を横に振った。
「あ、お姉さん」
急に声をかけられ私は飛び上がる。
(この子……!)
あの時の少女だ。あれから何年も経っているというのに当時と全く変わらない姿をしている。
「お姉さん、大切な人ができたのね」
私は戦慄を覚えた。
――いらないなら、チョーダイ。
この少女は本当に祖母の言っていた〝ヒトクイ〟なのだろうか。そんなの本当にいるはずがない。なのに私は少女に向かって思わずこう口走っていた。
「あんた、ひょっとして浩司を……喰ったの?」
少女はきょとんとした顔で首を傾げる。そうよね、そんなことあるはずがない。笑ってごまかそうとして私は少女の表情にギクリとした。それは少女のものでありながら同時に数百年を生きる老婆のようにも見えた。
「うん、そうよ」
少女は事もなげに首を縦に振る。
「言ったじゃない、おいしくいただいたって。お姉さん思ってたでしょ? もう飽きたからいらないって。ごちそうさまも言えないような男はうんざりだって」
そうだ、確かに私はあの時そんなことを考えていた。でもどうしてこの少女に私が考えていたことがわかるのだろう。背筋を嫌な汗が伝う。私はハッとした。この娘、まさか。
「や、やめてよ。祐樹には変なことしないでちょうだいよ!」
ふふふ、と少女が嗤う。
「あんた、許しとやらがないと何もできないんでしょ? 私は許さないから」
必死に言い募る私を見る少女の瞳に一瞬憐れみに似た光が宿った。
「残念ね、もう〝ユルシ〟はもらったの」
「許しをもらったですって? そんなことしてないわ! 私は……え、どういうこと?」
体が小刻みに震える。許しをもらった? 誰に? 何の?
「そう、今夜の晩餐、主役はお姉さんよ。ふふふ」
いつの間にか私たちは路地裏に移動していた。周りには誰もいない。少女はニタリと嗤い大きく口を開く。口はどんどん広がり顔よりも大きくなっていた。
(化け物)
そう、これがきっと祖母の言っていた〝ヒトクイ〟。いたんだ、本当に。逃げようとするがどうしても足が動かない。少女の顔はもう原形をとどめていなかった。顔全体が、いや体全体が大きな漆黒の裂け目となり無数に生えたぎらぎらと光る牙が私を捉えようとしている。闇に呑まれる瞬間私は叫んだ。
「祐樹、どうして!」
少女の口がゆっくりと閉じられる。しばらくしてぷいっと何かが吐き出された。血塗れの爪がカラリと微かな音を立てアスファルトを転がる。
――ゴチソウサマデシタ。
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