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「ごめん! 待った?」
「ああ、うん、大丈夫」
浩司が店に入ってきた。店のドアが開いた瞬間、先ほど少女が立っていた辺りをちらりと見るが既に姿はない。
「さ、頼もうか。ひょっとしたら上司から呼び出しがかかるかもだからお酒は止めとくよ。千紗は飲むだろ?」
私は頷いて赤ワインを、浩司はノンアルコールのビールを頼んだ。浩司は満面の笑みでグラスを掲げる。
「千紗、二十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう」
乾杯して食事を始める。プレゼントは後日一緒に買いに行く約束になっていた。何か高価なものでももらうと別れにくくなるので私からそう提案したのだ。それまでに何とかして別れないといけない。
会社の愚痴や話題のニュースについてなど他愛もない会話を交わしながら時間は過ぎていく。デザートとコーヒーが運ばれてきたあたりで彼のスマートフォンが震えた。画面を見て、課長からだと呟き浩司は慌てて店外に出て行く。
「悪い、会社戻らないといけない。今度必ず埋め合わせするから」
戻ってくるなりそう言って会計を済ませると慌ただしく出て行った。
(忙しい俺カッコイイとか思ってるのかな、まったく。だいたいごちそうさまぐらい言ってから出ていきなさいよね)
浩司は仕事が忙しいことに誇りを感じているようで、いつも喜々として今日も寝てないとかまた休日出勤だよ、なんて話をする。
(会社にいいように使われてるだけじゃない。馬鹿馬鹿しい)
一人でゆっくりコーヒーとデザートを楽しみ店から出るとすっかり日が暮れていた。夜空に星が瞬いている。とは言っても都会の夜空に見える星など数えるほど。私は亡くなった祖母の家で見た満天の星を思い出した。まるで空から星が降ってくるようで怖いぐらいだったのをよく覚えている。
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