1.坂本千紗の憂鬱

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(ヒトクイ、か)  店の外で夜空を見上げぼうっとそんなことを思い出していると不意に声をかけられた。 「ねぇ、お姉さん」  思わずびくっと身構える。声をかけてきたのはさっき見た少女だった。 「あ、ああ、何?」  少女は先ほどと同じくニタリと嗤う。青白いといっていい程に白い肌、真っ赤な唇に大きな黒い瞳。人形のように整った顔立ちだ。 (えらく美しい人の姿をしておったと)  なぜか祖母の言葉が脳裡に浮かぶ。 「お姉さん、ひどいな。あの男の人のこと、死んじゃえばいいのにって思ってたでしょ」  ギクリとして何も言えずにいると少女は続けて奇妙なことを言い出した。 「じゃあさ、あの人、私がもらっていい? あのお兄さん、私がもらってもユルシテクレル?」 「何言ってるの。意味わかんない」  そう言って踵を返そうとすると少女は思いもかけない俊敏な動きで私の前に回り込んだ。 「ねえ、いいじゃない。もういらないんでしょ? ちょーだい」  全く意味がわからない。漫画かアニメのキャラクターにでもなり切っているのだろうか。面倒になった私は適当に頷いた。まぁ、本当にもらってくれるならありがたいぐらいだ。 「はいはい許してあげますよ。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい。じゃあそこどいて」  私がそういうと少女は顔を輝かせて小躍りした。 「まあ、本当? お姉さん、“ユルシ”をありがとう」  そう言ってそそくさと路地の闇へと消えていく。変な子、と思いつつ私は帰路についた。 (珍しいな。いつも必ずメッセージ送ってくるのに)  いつも仕事が終わると連絡をしてくるのだがその日は連絡がない。私は、まぁいいやと思いスマートフォンの画面を閉じた。このまま連絡がなければいいのに、と思いながら。  翌日になってもその翌日になっても浩司からの連絡はなかった。これ幸いと私からも連絡を入れないまま一週間が経つ。
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