水戸先生

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水戸先生

 5時間目の授業中に教頭先生がやってきて、廊下で「家に帰宅したそうですから」と言われた時はホッとした。「放課後にこちらから折り返し連絡させて頂くという形にしましたので」と続けて言われた。  今日は5時間目までで良かったと思った。  生徒全員が帰宅した後に、中森さんの親御さんに電話をかけて、事情を詳しく訊いた時、肩の荷が下りた気がして、溜息が出た。  とりあえず、大きな事件になってなくて良かったと思った。  新任で始めて担任を持つことになり、3か月で生徒が一人消えて、何か事件に巻き込まれるなんて冗談じゃないと思った。そのせいもあってか、廊下にやってきた教頭も校長室で事情を話した校長も強張っていた表情が、晴々として安堵していたのと同時に、「迷惑かけやがって」という愚痴がぽろっと二人共漏れていたのを俺は聴き逃さなかった。  誰もいない喫煙室に入って一服する。  赤い箱の缶の灰皿には結構な量の吸い殻とドス黒い水が溜まっている。事務員である笹川さんは帰宅前、最後の仕事がこの灰皿の掃除の仕事だ。多分、俺がこれを吸って少ししたらやってくるだろう。  メンソールの香りが鼻に抜ける。美味い。授業終わりのタバコは、酒を呑んだ後と同じくらいに最高だ。俺という人間の脳や身体の中の疲労やストレスがこれで半減されると思うと、タバコは一生やめられないだろう。  口から煙を出すのを見て、俺は何故小学校の教師になったのだろう、とふと思った。子供が好きだから?勉強を教えるのが好きだから?公務員で給料が安定しているから?  灰を落とし、死んだ生き物のように見える大量の吸い殻を見つめる。  大学生の時はそうだったのだろう。バイトで家庭教師とかベビーシッターとかやっていたし、当時不況で、リストラ率も高く就職率も低下するだろうと言われていたので、教諭免許を取ろうとなったのだ。  これから先ずっと俺はやっていけるのかどうか正直不安だ。それに今のクラスのみんなとの距離はあまり縮まっていないかもしれない。みんな俺を少し怖がっているかもしれない。上手く笑えているだろうか。教師との関係性も良いのか悪いのか分からない。校長と教頭はあまり好きではない。4月に大勢の先生で飲み会をしたけど、結構な割合で酒癖が悪くて辟易した。  これをクラスのみんなや世間に見せてやりたいと思う反面、人間味があって何だかホッとするのも事実だった。  吸い殻を捨てて、席に戻ろうとすると、ポケットの中に入れてある携帯が振動した。着信のバイブだとすぐ気付き、人影がしないトイレ前の階段下に向かった。 取り出してみると、「中森美郷」と表示されていた。 「もしもし」 「もしもし、本当にごめんね今日は」中森ママの高い声がした。 「いえいえ、でも体調が悪くなったっていうのは、嘘、だよね?」  俺は学校の電話で会話した中森ママから聞いた内容は全て嘘だと感じていた。
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