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(5-1) 人の価値と評価
十月に入った下越地方の湖に、越冬する白鳥が飛来し始めた。
理紗は、野鳥の会のメンバーの協力の下、今年最初に飛来した白鳥の羽数を紙面に掲載することが毎年の恒例になっていた。
湖での早朝取材を終えて、理紗は社用車で街中に戻ると、自転車を立ち漕ぎしながら走らせている圭太が目に飛び込んできた。理紗は、路肩に車を停めて、しばし圭太の様子を見守った。
新聞販売店の店長に屋上からの脱出を手助けしてもらった流れで、配達員不足に悩んでいた店長からすると渡りに船といった感じで、圭太は全日新聞の配達と拡張員として住込で働くことが決まった。
「圭太の債務整理も片が付く方向で解決中」
と、店長を通じて聞いていた理紗は、配達に精を出している圭太の仕事ぶりを見て安心した。
朝陽に向かって自転車を走らせる圭太は、未来へ向かって頑張っていることを体現していた。
そして十月になって、人事異動の辞令を受けた玉脇が東京本社へ転勤して、今日から赴任する新たな支局長の下、理紗の心も晴れ晴れとした未来に期待を寄せていた。
「駅前郵便局は存続で決定した。誤報しなかったのは、うちの新聞社だけだ。本社局長からお褒めの電話があったぞ」
帰社した理紗に、新任支局長――中森が満面の笑みで出迎えてくれた。
玉脇だったら、「新人記者のマグレ判断だった」と、ケチを入れていたに違いない。
玉脇は、
「東京本社の知的財産本部の情報処理課へ栄転だ。きっと本社の中枢を担う部署だろう。なんたって、新聞記者にとっては情報が命だからな」
と玉脇は、鼻を高々にして支局を後にして行った。
理紗は、玉脇が異動する部署の詳しい仕事内容は分からないが、
(あんな人物を東京本社へ栄転させるなんて、本社人事部は正当な人事評価をしていないんじゃないか?)
と、社にたいする不信感を抱かざるを得なかった。
その不平な想いを、理紗は中森へざっくばらに吐露した。
中森は、「新聞記者としてのイロハだけでなく、会社の庶務的なことなど何でも聞いてくれ。新人は学ぶことが仕事でもある」
と、玉脇とは真逆に、懐が深くて度量も大きい上司なので、なんでも忌憚なく聞くことができる。
「まあ、そのうち分かるさ」
中森は、何かを知っている口振りで、それ以上は聞くなというアイコンタクトをした。
理紗は、中森の含蓄が気になったが、中森に「白鳥飛来のニュースは夕刊掲載だから早く記事を」と促されたので、それ以上の突っ込みをやめて、記事の執筆に取り掛かった。
一方、栄転を記念してスーツを新調した玉脇は、本社へ出社すると、人事部が用意したのは倉庫内にあるプレハブ小屋の席だった。
プレハブの出入り口に掲げられた部署名プレートには、「知的財産部情報処理課返品処理係」と書かれている。
玉脇は、荷台に古紙を山積みしたトラックが何台も倉庫に入ってくるのを見て、
「ここは何をする部署ですか?」
と人事部スタッフに訝しげに訊ねた。
「返品された新聞を古紙リサイクルする場所だよ。適材適所ということだな。資源も人間も無駄にならないようにね」
人事部スタッフは抑揚のない声調で淡々と語った。
自身の処遇を察知した玉脇は、
「知的財産の情報処理って、これかよ!」
とネクタイを緩めて、パイプ椅子に崩れるようにして座り込んだ。
(了)
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