遺失物相談係の女

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 わたくしは、遺失物の返却報告を綴じたファイルを開いた。  以前彼の影がお屋敷裏の路地で見つかった時の報告を探し出すと、本人に見せた。 「この時、どうして路地なんかで影が見つかったと思いますか? あなたも説明を受けましたね? 影はこの家のママが拾い、ただの黒いぼろ切れと思ってゴミ箱に捨ててしまったからです。そしてそれをゴミ収集日に路地へ出した。そこへカラスがやって来て、いたずら半分に引っ張り出して振り回し、路上に捨てたんです。幸い、舞踏会の帰りにシンデレラが通りかかり、ガラスの靴に絡みついたあなたの影を拾って届けてくれたからよかったですが、そうでなければ、あのまま焼却炉で燃やされていたはずなんですよ! なんてかわいそうな影!」  とうとう彼のつぶらな瞳に、涙の粒が浮かんだ。しかし、ここで手綱を緩めてはいけない。 「他の時のことも思い出してください。あなたは一晩にいろんなお屋敷に忍び込んで、よさそうだと思ったところにわざと影を落とす。でも、自分でどこに落としたかわからなくなって、遺失物相談係にやって来る。すると、そのお屋敷で飼われている黒猫や、子どもたちの夢に現れる妖精たちが拾ってくれていて、無事に見つかる。その繰り返しでした。でも、その中で、タンスに入っていたことが一度でもあったでしょうか? いいえ、ありません。いつでも必ずゴミ箱に捨てられていたんです。つまり、もう影を落とすなんてことがあるなんて、ママたちが信じなくなってしまったし、そんなママに育てられた子どもから、再びウェンディーが現れるはずがないのです。もう時代は変わりました、ミスター・パン」 「じゃあ、どうすりゃいいのさ」  ミスター・パンのか細い声が訴えるように響いた。   わたくしは言った。 「そろそろ、あなたも大人におなりなさい、ミスター・ピーター・パン」
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