遺失物相談係の女

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 ミスター・パンが意気消沈して出て行くと、すぐにまたノックの音がした。  おやまあ、今朝はやけに忙しい。 「どうぞ、お入りください」  声を掛けると、今度は対照的にとても巨大な相談者だった。  鬼である。  わたくしは、くらっとした。  彼もまた常連なのだ。 「あのお、俺の片腕、まだ見つかってないですかね?」  鬼は言いながら、肘から先のない右腕を振った。  彼は平安時代に渡辺綱という武士に右腕を切り落とされた。綱はその腕を屋敷に持ち帰り、石のからびつに隠したが、伝説ではその後、取り返したことになっている。  しかし、真実は違う。右腕はなぜかからびつにはなく、そのまま行方不明になってしまったのである。  それを、こう毎日のように、見つかったか、まだ見つからないか、と訊きに来られても、千年以上出て来ないものが、いまさら拾得されるはずもない。  だが、相談者は相談者。今期の目標は、愛される遺失物相談係である。 「お入りください、酒呑童子さん」  内心を押し殺し、わたくしはにっこり微笑んだ。 (了)
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