+月ノ夜本編+【唇】

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+月ノ夜本編+【唇】

「……はよ、瑞希」  さすがに今日の涼介は、いつものように笑っては居なかった。  それどころか、珍しく、少し仏頂面だったりして。 「……はよ、涼介」  答えた声も、少し低くなってしまった。  2人、言う言葉が見つからず、少し立ち尽くした後。 「――――……ガッコ行こか……」 「……うん」  静かに言う涼介に頷いて、2人並んで、歩き出す。  涼介は、本当に珍しく、無言で。  仕方なく、オレから話しかける事にした。 「……涼介、怒ってる?」 「――――……別に」  否定はしてくれるけれど、その声は何だかあまり感情がこもってなくて。 「……怒ってるじゃんか。それって、何で?」 「――――……何っちゅう事はないねん、別に」  そう言う涼介に、オレは小さく息を付いた。 「……じゃ、オレから、言う」 「……何をや?」  ちら、と視線を流されて、一瞬息を飲みつつも。  オレは思いきって、言葉を口にした。 「……キスなんて大した事ない、とか……何も考えねえで言って、悪い」 「――――……」  答えがない事にちょっと躊躇いつつも、とりあえず全部言ってしまおうと、先を続けた。 「……軽く、試そうなんて言った事もごめん…… 最悪ってお前が昨日言ったの、そういう意味だろ……?」 「――――……」 「……? あれ? ……違った?」  歩みを止めてしまった涼介に気付いて、くる、と振り返ると。  涼介は自分の前髪をくしゃくしゃと掻き上げ――――……ふ、と苦笑いを浮かべた。 「……オレなあ、瑞希」 「……ん?」  やっと少しでも。それがたとえ苦笑いだったとしても。  やっと笑ってくれた事に、ホッとしながら、相槌を入れると。 「昨日みたいな事、アホみたいに言うお前も、ほんまは好きなんやけど……  今みたいなお前が……素直なんが、やっぱり、もっと好きやで」 「――――……」  涼介の、オレを見る瞳は本当に優しくて。  ――――……見つめていると、何だか、心が、動く。  どこへ向かって動いているのかは……分からなかったけれど。  確実に。  心は、何かの想いを、強くしようとしている気がする。  暖かいような、ムズムズするような。  くすぐったい、気持ち。 「……別に、怒っとった訳やないんよ。せやから、謝らなくてええよ」 「だけど……」 「――――……もうええよ。歩こか」 「……ん」  涼介が言って歩き出すので、それにくっついてオレも歩き始めた。  すぐに涼介がクスッと笑ったのに気付いて、振り仰ぐと。 「――――……キス、大した事やったんか?」  そう、聞かれた。 「え?」と聞き返すと、涼介はオレを見つめたまま。 「大した事ないて言うてたのに、それを覆すて事は、瑞希にとって大した事やったん?」 「……あぁ…… うん……」 「ん?」 「……つか、あんな風に、されるとは思わなかったし……」 「なんや? 一瞬で離れるよなキスすると思うてたん?」 「……ん。思ってた」 「そんなキスしても意味ないやん。それくらい、別に嫌やないやろ?」 「……そうなんだけど……」  今言われれば、それはわかるんだけど……。  オレがそのまま黙っていると。 「……せやから大した事ないなんて言うたんやな」  なるほどなぁ、なんて言いながら、またクスクス笑う涼介。 「ま、ええわ。――――……オレはラッキーやったと思う事にしよかな……」 「え」  ……らっきぃ??  ……オレと、キス、したこと?  咄嗟に何とも答えられなくて、何故だか、カァッと赤くなって。 「……っっ馬鹿……」  言うと、涼介はおかしそうにクスクス笑う。  ――――……笑われて、不機嫌そうに見せながらも、オレは決して不快だった訳じゃなくて。こんな風に、涼介と居るのが楽しくて――――……ずっとこうして居られたら、と。  そんな風に想う自分の事。 嫌でも自覚してしまうのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇  学校について、教室に入ると、適当に周りに挨拶しながらすぐに席に腰掛けた。座るとすぐに、どっと眠気が押し寄せてきた。  ……だるい。 眠い……。  ――――……昨日も、眠れなかったのだから、ある意味仕方ない。  そんなオレに、やっぱり涼介は一番に気付いた。  途中で話しかけられて立ち止まって話し込んでいた涼介は、座ってぼーっとしているオレに気付くと、おそらく話もそこそこに切り上げて、すぐにオレの側にやってきた。隣に座りながら、ぽん、と背中を叩いてくる。 「瑞希?」 「……んー……?」 「どないしてん? 具合悪いん?」 「……ん?」  心配そうに覗き込んでくる涼介を、ぼーっと眺める。 「何でそないだるそうなんや?」 「……昨日眠れなかったから。なんか座ったら、急にすげえだるい……」 「――――……眠れなかったんか……」  その答えの理由に、当然思い当たる涼介は、少し言葉に詰まり、それから笑いながらも少しため息。 「……そもそもお前がええ言うたんやろ?」 「……うん、言った……けどさ……」  何度でも言うけど。……あんなキス、してくるとは思わなかったし。  ……それよりもっと混乱したのは。  自分があんな風にキスされる事をあんなに簡単に受けて入れてしまうなんて、思わなかったからだし。 「別に責めた訳じゃねえよ……」  オレの言葉に少し笑って、涼介はオレの頭をぽんぽん、と叩いた。 「んなのは分かっとるけど」  そう言って笑った涼介に。  どき、として。  ――――……普通に話して笑ってる涼介を見て、思わず視線は唇に止まる。  あ、オレ。  ……この唇と、昨日キスしたんだ、よな。  なんて、思ってしまって。  不意に赤面してしまいそうで、隠すために俯いた。  そのちょうどよいタイミングで教室に入ってきた教授のおかげで、特にその態度について追及されることはなかった。  頭に入って来ない、授業。  普通に話してる涼介の唇を見て。  昨日のキスを、思い出してしまうなんて。  ――――……眠気が突然吹っ飛んだくらい、自分でも驚いた。  そして。  嫌だという感覚は一切なく、ただドキドキする、なんて。  ――――……その日から、何日も、そんな日々が続いた。  ……どうしてもどうしても。   あのキスが――――…… 頭から、消えてくれなかった。  毎日毎日毎日毎日。  ――――……オレの頭には、涼介との事だけが常に在って。  涼介との、日常の何気ない接触と、目の前にある、涼介の唇に。  悶々とする日々が、 続いた。
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