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一人上京して演劇をやりながら飲食店を掛け持ちして、なんとか食いつないでいた私は、多くの若者の例に漏れず流行病のご時世にもまれていた。
飲食店は軒並み営業停止。不要不急の外出禁止。社会人でさえ出社規制。
芸術音楽劇場はすべて人の気配ひとつ無い。
ゾンビ映画のように静まり返ったこの街で、どうや息をひそめ生き延びるかがここ最近の勝負といったところだ。
なんて言い方したらやけに神経の張りつめた状況に見えるだろう。でも私の身に起こったこととと言えば、飲食店で働いていたばかりに収入が止まったというだけだった。
しかもそれすら先月の頭には運良く代わりの仕事が見つかり、なんとか日銭を稼げている。案外私はかなりのラッキーガールなのかもしれない。
とはいえもちろん1人で家賃は払えない。密の散のと言う身分にもなれず演劇仲間とできるだけの配慮をしながら一緒に暮らしている。
なんだかもう、笑っちゃうくらいギリギリだ。
今日も昼過ぎには起きだして、真昼の空に溶け込むような白や青の不思議なまだら模様の仕事着を着て出勤の準備をする。
「つなぎ、いいね」と宮田に声をかけられ、私は目ヤニのついた顔のまま「いいでしょ」と返した。
宮田はお下げ髪に丸メガネのレトロそのものな女子で、嬉しそうな顔をしてレンチンもやしの乗った皿を両手で運んでいる。
「一口ちょうだいよ」と言うと宮田は
「ダメだよ、私今日これを昼と夜に分けるんだから」と少しふざけて睨んでくる。
「お。そっちもすっからかんか」と笑えば
「白米食いたい」と宮田は唇をぶすっととがらせた。
「それね」
「それですネー」
そんな風でもケロケロ笑っているしかなく。若さだけでなんとかしてしまっている気もするのだけど、私たちは「今日生きてればそれでいいじゃない」ということにしている。
本当は演劇すらできない現状に複雑だけれど。
新しい職場から支給された仕事着のつなぎは一風変わっており、その日の天気に合わせられるよう色違いが3着支給されていた。
今日は曇っているので、白っぽいつなぎだ。
「行ってきまーす」
何回使ったかわからないマスクはすでに毛羽立っている。しかしこれしかないのだ。ないよりマシで身を固め家を出た。
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