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フシギナハナシ 秋の章
金木犀
家を出てから、カーディガンのポケットの中を見て、しまったと思った。
ポケットの中には、金木犀の花がいっぱいに入っていた。
我が家の庭には、金木犀の木がある。
秋風が吹くころになると花を咲かせ、甘く愁いのある香りを辺り一面に広げている。
毎年この季節になると、私たち家族を悩ませるのは、その花だ。
気がつくと、服のポケットやカバンの中など、あちこちに花が忍び込んでいる。
幼いころからその不思議な現象を見てきた私は、これはきっと人ならざる何者かの意思によるものだと思っていた。
しかしまさか、こんなにポケットいっぱいに花を入れられてしまうとは。
苦笑しながら近くの公園に寄り、ポケットの花を落とした。
……つもりだったが、数分後、ふと気がつくとまた花が入っていた。
今度はポケットの半分ほどの量だ。
私たち家族が、金木犀に好かれているのか、嫌われているのかは分からない。
マシュマロココア
一年中マシュマロココアを飲んでいるような男なんて嫌いよ、と言って彼女は出て行ってしまった。
マシュマロココアを飲むことのどこが悪いのか、僕にはよくわからない。
静かになった部屋の中で、僕はまたいつものマグカップにココアを入れ、白いマシュマロを浮かべた。
ローランサンの絵がついたマグカップだ。薄紫の服を着た女性が描かれている。
その色彩に惹かれて、数年前に購入した。
僕は気に入っていたが、彼女はこのマグカップが気に入らないようだった。
この手のひらサイズの『先客』に嫉妬したかな、などと取りとめのないことを考えながらココアを飲む。
窓の外に目をやると、街路樹が冬のような風に吹かれて、また一枚二枚と葉が落ちていった。
藤色の傘
季節外れの台風で、手持ちの傘はすべて壊れてしまった。
明日新しいものを買いに行こう、と思っていたときに、運悪く、雨。
しとしとと降り続く雨は、真新しい傘を差すにはちょうどいい天気だというのに、間が悪い。
私は沈んだ気持ちのまま、昔母が使っていた藤色の傘を引っ張り出した。
藤色の布に黒い糸で細かい刺繍が施された、この高価な傘は私の趣味には合わない。
しかし、背に腹は代えられない。
ため息一つついてから、藤色の傘を差して出かけた。
そんなに私が嫌なら、ビニール傘でも使えばいいじゃないの。
不意に藤色の傘から声が降ってきた。
ビニール傘は嫌いなんだよ。
傘の言葉にむっときた私は言い返した。しかし私の気分などお構いなしに、傘は続ける。
そういうところ、あなた、お母さんそっくりね。
ビニール傘が嫌いなところ? そんな人、たくさんいると思うけど。
それもそうだけど、性格もね。
そう言って、藤色の傘は、裕福な家の奥様のように笑う。
ほら、だから、この傘を持って出かけるのは嫌だったのだ。
街中を歩いているときに限って、あれこれを話をしたがるから。
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