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ダブルデートと言ってもさすがに今のこの精神状態で遠出する気にはなれなくて、俺は楠木が提案してくれたプランをことごとく却下した。
「さすがに勘弁してくれよ。そんな気分にはなれない。食事くらいにしてくれないか?」
何度目かのプランを却下したあと懇願するように頼むと楠木は渋々それを承諾してくれて最悪の事態は免れた。
ただ、約束の日が近付くにつれて俺は憂鬱な気分になっていった。頭では理解していても、どうしても心が追い付かなかった。
それでも約束を破るわけにはいかず重い腰を上げて約束の店へと向かった。
楠木の選んだ店は和モダンな雰囲気のお洒落な個室居酒屋だった。五分前に店に着くとすでに俺以外の皆は揃っていて楽しそうな会話が個室の外まで聞こえてくる。そんな和気あいあいとした雰囲気に気後れしながら席に着くと、隣に座る香澄ちゃんは「会えて嬉しいです」と満面の笑みで俺を迎えてくれた。
香澄ちゃんは明るくてよく笑う子だった。彼女の笑顔は人を元気にする。俺の憂鬱な気分も彼女の笑顔で少しだけ晴れた気がした。
それからも彼女は料理を取り分けたり、誰かのグラスが空くとすぐに気付いて「何飲みますか?」と声を掛けてくれたり、献身的に動いてくれた。会話も彼女を中心に回っており、そのコミュニケーション能力の高さに驚かされた。
でも、彼女の魅力を知れば知るほど申し訳ない気持ちになる。
なぜなら、それは俺が求めるものとは違っていたから。
「広斗さんはどんな女性がタイプですか?」
ふと会話が途切れた瞬間、香澄ちゃんは目を輝かせながら俺にそんなことを尋ねた。その言葉に真っ先に頭に浮かんだのは莉子ちゃんだった。
「猫、みたいな子かな」
「猫ですか?」
「そう。気まぐれで全然懐いてくれなくて。でも、懐いてくれたらすごく甘えてきて……っ」
そこまで言葉にして涙が出そうになり、俺は思わず「ごめん、トイレ」と席を立った。
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