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二杯めのビールをグラスに注ぐ。背中から頭は汗ばんでいるけれど、つま先が冷えている。サーキュレーターをこちらに向け、スイッチを入れる。
少しずつ、思い出してきた。
そうだ。あの子、仲の良かった友だちとうまくいかなくなって、嫌がらせのような態度を取ってくるのが辛いとか、そんな話だったと思う。
「そんな人間、社会に出ればいくらでもいるわよ。そのくらいのことでうじうじ悩んでたら、将来どこの世界でもやっていけないよ。悪くないと思うなら、もっと堂々としていなさい」
私はそう娘にハッパをかけた。これからの時代、女だって言いたいことをはっきり主張できる強さを持たないと。私みたいに結婚で失敗したりしないように、しっかりと自立した人間になってほしかった。
すると娘の顔は真っ赤に染まり、見開いた瞳はみるみる潤んで涙が溢れた。そして、言ったのだ。わかってない、お母さんは私のことをなんにも知らない、と。
そんなことはない。
だって、あの子の好きな食べものは……翔太は、りんごジュースとハンバーグでしょ。
好きな色は……翔太が好きなのは、赤。
好きな音楽は、本は、映画は……翔太は、戦隊ものが大好き。
苦手なものは……翔太は、トマトと虫。
おかしい。孫のことならよどみなくするすると出てくるのに、娘のことは、ひとつもわからない? まさか? 私は焦って、頭の中で過去を一斉検索してみる。
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