2018年 冬(FANBOX用短編)

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2018年 冬(FANBOX用短編)

 たまたま見つけた本の作者名に、既視感があった。  とりあえず買ってきてざーっと目を通し、後書きを見る。  ……やっぱり、知ってるペンネームがそこにあった。 『これ、Rodの新作?』  Skipeでチャットを飛ばし、本人に確認する。  いつもの如く、数週間経ってから返事が来た。 『……まあ』  いや、何その微妙な返事。 『買ったよー。サスペンスも書けるんだ?』 『……おう』  えっ、何? 歯切れ悪いってレベルじゃなくない? 『その……めちゃくちゃ忙しいからまた後で』  それだけ打って、彼はアイコン横のステータスを「忙しいです」に変えた。いつになったら、こいつはアイコンを初期アイコン以外のに変えるんだろう。まあそれは置いておいて……  うーん、上手いこと誤魔化されちゃったな。照れてんのかな? でも、このままじゃ感想も伝えにくいしなー。  あ、そうだ。イタズラで「ダーリン♡ 今日の夜空いてるよ♡」みたいなチャット送ってやろ。  ***  チャットを送って数時間後、通話を繋がれてガチギレされた。  どうやら既に婚約していたらしく、ポップアップメッセージのせいで婚約者さんにあらぬ疑惑をかけられたらしい。正直悪かったと思う。  でも誤解はすぐに解けて、特に何事もなく式の日取りも決まったと聞いた。  うう、良かった……何事もなくて……。 「ごめんって!!! ちょっとした冗談だったんだってば!!」 『冗談で済むか馬鹿野郎!! ……いやまあ……報告してなかった俺も俺だけどな!?』  まあ、それもそう。  教えてくれてたらさすがに私だってやらなかったよ。……「同類」だと思ってたからうっかりふざけちゃったわけだし。 「……っていうか、結婚するんだ。意外だね」 『そ、れは……。ほら、色々あったんだよ、こっちも』 「ふぅん……」  そっか、こいつは前に進んだんだ。……って、思うと、ちょっとだけ寂しくはあった。  だって、私はまだ、ちっとも前に進めていない。……「彼」がもう居ないことを、10年経っても受け止められてない。 「良かったね、おめでと」 『……おう』  Rodは相変わらず歯切れが悪い。……私の事情も知っているから、触れないでいてくれてるのかも。結婚するって報告がなかったのも、そういう気持ちがあるのかな。たぶん。  通話が切れた後、「彼」から貰ったストラップをぼんやりと眺める。  もうだいぶ薄汚れてしまったけど、なくさないように大事にしてきた。……もう、くれた相手はどこにもいないんだけどね。  ふるふると首を振り、どうしようもない思いを振り切ろうと頬を叩く。そうだ、Rodの新作を読もう。この前は軽く読んだだけだったし……。  っていうか、Rod。ロデリック・アンダーソンが本名だったんだね。今度からロデリックって呼ぼうかな。……なんて、考えつつ、本棚から例の本を取り出した。 『City of Loser』と書かれた表紙をめくり、読み進めていく。  内容は、あいつが普段書いてる優しい雰囲気の童話とは全然違って、重苦しい雰囲気のサスペンスホラー。……だけど、「あいつらしいな」とも、思わなくもない。普段の作風が偽物だとも思わないけどね。  読み進めていくと、一箇所だけ気になる誤植があった。  登場人物の一人が「ロデリック」と呼ばれていて、表記ミスのあったキャラクターは年齢といい性格といい職業といい、やけにロデリックに似ていた。  ……まあ誤植なんてよくある話だし……と、思いつつ、先を読み進める。その誤植のせいかわからないけど、読んでいるうち、ある思いがふつふつと沸き上がってくる。  ねぇ……これ、実話だったりしない?  内容は非現実的だ。霊魂だとか死後の世界だとか、そういうオカルトな題材が平気で使われている。  だけど……どうしてかな。「実話なんじゃ?」って疑惑は、いつからか「実話だと信じたい」って思いに変わっていった。  だって、この話が実話なら、私も「彼」に会えるかもしれないんだから。  別れすら言えなかった、私の恋人。  突然居なくなってしまった、愛しい人。  ……もう一度会いたい。会って、色んなことを話したい。  それで……それで、今度こそ、お別れしたい。心に区切りをつけなきゃ、私はいつまでも前に進めない。  復讐しても、仕事を増やしても、他の相手を探そうとしても、全部ダメだった。 「彼」の記憶は頭から離れないし、想いはむしろ強まっていく。  だから……どうにかして、ロデリックからこの「街」の情報を聞き出して…… 「……何考えてんだろ、私」  ぽつりとぼやき、大きくため息をつく。  これはあくまで物語。実話っぽく書かれてはいるけど、決して実話なんかじゃない。ただの、ホラー小説。ロデリックの創作物だ。……そんなこともわからないほど、私はバカじゃない。  暴走しだした思考を鎮めるため、紅茶を淹れる。角砂糖を多めに入れてかき混ぜ、気持ちを落ち着けた。 『City of Loser』の続きを開く。最後まで読み切って、ロデリックが最近、誰かと婚約したことを思い出した。  最後の方、死者だとされていたある人物は、半死半生の状態から生者の世界へと帰ってきた。そして……名前を「ロデリック」と誤植されていた、あの登場人物と結ばれる。プロポーズに取れるセリフもあった。  ……まさか、ね。そんなわけ、ないよね……? だって、この話は……物語で……  今度は紅茶をぐいっと飲み干して、気持ちを落ち着ける。  変な思考ばっかり働くのは、疲れてるからなのかな。いいや、疲れてはない。私はちゃんとしっかり休みをとる方だし、リフレッシュはできてる……はず、なんだよね! 「……だぁぁあ!! 落ち着かないぃい!」  でも、気になるものは気になる。根元が全くもって根拠の無い直感だからか、否定する根拠も見当たらない。仮説とも呼べないカルト論説のくせに、クッションを抱えてもベッドを転げ回っても、なかなか消えてくれない。  何これ!? ひょっとして第六感!? そもそも第六感もオカルトだけどさ!?  ああ、もう、うじうじするのは私らしくない!  私は記者だ。気になるなら調べる! わからないなら追及する! ……それを生業にしてきたじゃん。 「よーし! こうなったら取材しよう」  スマートフォンを取り出し、ロデリックにチャットを飛ばす。 『さっきはごめん! お詫びに、新作の販促手伝うよ!』  ……あれ? 取材の話は? って自分でも思ったけど、こ、これからだし! 販促手伝う流れで色々聞けば良いんだし……!?  ***  ねぇ。この時に直感に抗っていれば、真実を知ることもなかったのかな。  あなたの傷を知らずに、こんな苦難にも直面せずに、のうのうと生きる日々を送っていたのかな。  私は……そんなの、絶対に嫌だ。  一人で苦しまないで。  勝手に、消えて行こうとないで。  あなたの言う通り、私の苦しみは、あなたのせい。  だけど、それは……あなたとの日々が、本当に、心の底から幸せだったからこそなんだよ。  愛してるよ。ポール。だから、お願い。  私にあなたを救わせて。
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