Elizabethの記憶(FANBOX用短編)

1/1
前へ
/27ページ
次へ

Elizabethの記憶(FANBOX用短編)

 クリスマスが嫌いでした。  理由は様々ですが、一番は、家族を思い出すからです。  でも、夫はクリスマスが好きでした。  家族で楽しく過ごせる日だから、と、言っていました。  夫は「家族」に憧れがありました。  ワタシも、「家族」に未練がありました。  二人とも、失った側だからでしょう。  夫は戦地で心を壊していましたが、私も、夫自身も、それに気が付きませんでした。  周りがどれほどワタシを哀れもうとも、夫を蔑もうとも、ワタシは知っています。  彼は優しい人でした。  優しさゆえに、過ちとも取れる行いをしました。  彼は救済者でもあり、殺人者でもありました。  金銭を得て、安楽死を行っていたことを……ワタシは、間違っていたとは言いきれません。  それでも、大罪と判断されるのも仕方のないことでしょう。  分からない者には、決して分からないほどの「生」の苦しみを、我々は抱いていました。  けれど、分からない立場でいる方が幸福なのも事実です。  ワタシは他人の不幸を喜びません。……いいえ、喜びたくありません。  ワタシは地獄から生き延びました。  彼も地獄から生き延びました。  けれど、地獄は、どこまで行っても地獄でした。  ワタシが抱いたのは、きっと、愛ではありませんでした。  ワタシは誰かを愛せるほど強くなかった。  それはきっと、あの人も同じだったのでしょう。  ワタシも、彼も、救われたかったから縋りついただけ。  救われたかったから、希望が欲しかっただけ。  壊れかけたか弱い魂が、希望を求めて傷を舐めあっただけ。  新たな命に希望を託したのも、今思えば、過ちだったのかもしれません。  けれど……それでも、夢を見てしまったのです。  ごく普通の夫婦として、ごく普通の家族として、笑いあう日を、夢見てしまいました。  ワタシ達は子を成すべきではなかったのかもしれません。  ワタシ達は希望を求める資格などなかったのかもしれません。  子を不幸にしただけの、親失格の存在と言われても、何も間違ってはいないでしょう。  ええ、ワタシは後悔しています。  わが子が苦難の生を歩むようになったことを、心の底から悔いています。  ああ、でも、「生まれて来なければ良かったかどうか」をワタシが決める権利などありませんね。  それは、あの子が決めることです。  苦痛に満ちた生を幸福か不幸か決めるのは、親ではありません。本人のみが決められることです。  レヴィ。愛しいわが子よ。  アナタにはつらい想いをさせました。  アナタの父は本人すら知らないうちに限界を迎え、死に至りました。  壊れたワタシがアナタに強いた苦しみも、今ならば理解できるつもりです。  母として謝ることも、そばにいることも、ワタシの自分勝手でしかありませんが……ワタシにも償いの機会を与えてくれたこと、とても感謝しています。  愛しています。  アナタの幸福を願っています。  アナタの切なる想いが、より良い未来へ向かうことを信じています。  私には祈ることしかできませんが、どうか、暗闇に差した光明の先が、幸多きものでありますように。  そして、いつか。  いつか、親子として笑い合える日が訪れるなら……それが、赦されるなら……  ……いいえ、胸に秘めておきましょう。  今の私に、それは過ぎた願いです。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加