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Noël(FANBOX用短編)
クリスマスはイエス・キリストの誕生日であって、騒々しい上に面倒な催しが開かれる日じゃないはず。そんなことを、以前親友と話したことがある。
「それだけイエスさんが愛されてるってことなんじゃない? 分かんないけど」
テキトーに返されたけど、イエス様が愛されていると言うよりは、都合よく乗っかった連中が多いのだと私は思う。……愛されているのだとしても、私の場合、複雑ではあるけれど。
私も神を信じているわけじゃない。……本当に神がいるなら、本当に神が我々を作ったのなら、私のような殺人鬼は存在しないはずだから。
でも、イエス様は好きよ。
清らかで気高く、美しく、ただの人間が届かない場所にいる神聖な人。
……私の初恋の人。
「ノエル、モノローグが長い上に気持ち悪いよ! キミまで変態キャラを全開にしないでくれ!」
サワが何か言ってきた。本当に失礼な女ね。
「人間なんて汚物に恋をする奴らの方がよっぽど変態じゃない」
「悪いね! ボクには汚物って感覚がよく分からない!」
サワはどちらかと言うと人間を面白い、興味深いと思うらしく、その点ではとことん気が合わない。
「……で、今年もクリスマスをやるの? 全員で集まるのはそろそろ無理が出てきたでしょ。色々と因縁もあるし、時系列は謎だし」
「時系列については気にしない方がいい。あくまでお遊びのネタだしね! ……とはいえ、限界を感じてきたのはボクも同じだ。毎回同じような感じだと、マンネリ化するしねぇ……」
クリスマスだからってプレゼント交換だのパーティだの、そういうのは仲のいい奴らだけで集まってやって欲しい。少なくとも、私は巻き込まれたくないわ。
「わざわざ集まる必要性も感じられないわ。中には憎みあってる連中もいるわけだし」
「まあ、それも一理ある。そうだね……。だったら、ボクらがサンタ役になって誰かしらにプレゼントを届けに行く企画はどうだい?」
サワがくだらないことを思いついたらしい。
もちろん、嫌よ。嫌に決まっているし、やる気なんてさらさらない。
「……嫌そうだね」
「当たり前じゃない」
「それなら……あ、そうだ! クリスマスや年の瀬を、たった一人で過ごしてそうな人物がいる。その人物にだけ会いに行くのはどうだろう?」
グリゴリーのことかしら。ああ、でもあいつはクリスマスも仕事でしょうね。今年は仕事仲間と過ごしそうだし。
「レオナルドのことだよ! ノエルもちょっとだけ気に入っていただろう?」
「……!」
レオナルド・ビアッツィ。人間としては不潔極まりない野蛮な男だけど……彼には光り輝く唯一無二の魅力がある。
彼の人間離れした強さは、いっそ神々しい。人間として見るならば汚くて近寄りたくもない男だけど、アレスのような戦神の類として見ることもできる。……だから、うっかり「レオ様」と呼んでしまったこともある。
「……それなら、まあ、悪くはないわね」
「よし! じゃあボクがサンタの格好をするから、ノエルはトナカイだね!」
「なんでサラッとコスプレ前提なのよ。やらないわよ」
……と、言うわけで、私たちはレオナルドがねぐらにしている山奥へと向かった。もちろん、コスプレはなし。
山奥に住んでるなんて、あの人、どんどん神様度が上がっていっている気がする。……本当に神の位に辿り着いてくれたら、その時は、本気で恋をしてしまうかもしれない。
「プレゼントは何?」
「とりあえずお徳用カイロを買ってきたよ! モナミくんがAmazinで見つけてくれた!」
「カイロ……?」
「防寒グッズだね。日本の冬には欠かせないし、ボクの冬にも欠かせない」
サワは生前体が弱かったらしいし、そういうものの目利きは得意なのかもしれない。
それにしてもあの人形、いつの間に現代適応スキルを身につけたのかしら。
「彼には余計なお世話かもしれないけどね!」
「……そういえば、彼、幽霊が見えないんじゃなかったかしら。そこはどうするのよ」
「サンタクロースは別に見えなくても問題はない。枕元にカイロだけ置いて立ち去ろうか」
じゃあなんでコスプレしたがったのよ。
サワのことだから、「こういうのは形から入るべきだ!」って言いたいの?
「ふぃーーーー、スッキリした」
獣道しかないような場所で、オッサンみたいな声が聞こえた。……いや、実際オッサンね。
ザバッと音を立て、滝つぼから筋骨隆々な影が上がってくる。
え? 修行でもしてるのコイツ。
「いいシャワーじゃねーの」
シャワー? ここフランス南東部(推定)の山奥よ? この季節に滝つぼでシャワーって何考えてるの? もう既に人間をやめたの? ……できれば、やめていて欲しいわね。
「メシも見つかったし」
よく見たら傷だらけの腕が魚を鷲づかんでいる。
ごめんなさい。私は勘違いをしていたわ。レオ様はもう人間をやめていた。そのまま神に登り詰めてちょうだい。
「ボクはたまに思うんだ。この男は出る作品を間違えているんじゃないかって」
サワ、そろそろメタ発言は自重なさい。
「あー、これ生で食えっかな。ビミョー?」
びっくりするほど野生を感じさせる発言。こういうところはちょっと無理ね。早く煩悩と三大欲求を克服して欲しいところ。
「うーん! それはちょっと無理があるだろうね!」
サワ、私のモノローグを勝手に読むのやめなさい。
「……お? 女の子の気配?」
レオ様もそういうとこよ。そういうところが嫌なのよ。最悪だわ。
「霊感がないはずなのに、よく分かるね」
「ぶっ殺したくなってきたわ……」
「キミだと返り討ちどころの騒ぎじゃなさそうだね! ダメ元でぶつかってきたらどうだい?」
……どうかしら、霊体と肉体のポテンシャルの差があるし、どうにか立ち回れば半殺しにくらいはできるかもしれない。
やってみないと分からな……
その時、私の顔の真横を、重い風切り音が通り抜けた。
「……ありゃ、外しちまった」
本当に、見えてないのよね?
「殺気……にしちゃ弱ぇし、気のせいか」
……。ああ、本当に、嫌になるわ。
「ノエル、大丈夫かい? さすがに怖気付いたのかな」
こんな姿を見せられたら……本当に、惚れてしまいそうになる。
「ノエルー? おーい、戻っておいでー」
でも、どれだけ人間をやめていても、結局のところ彼は人間。反吐が出るほどの醜さを持った、汚らしい生命体。
「ダメだ、完全にボクを無視してる」
サワ、黙っててちょうだい。
「うーん、今のは理不尽な気がするね!」
クリスマスなんて概念も、この人にはないんだろう。
信仰にも、文化にも、おそらく興味はない。
ことさらに祝うこともないし、疎むこともない。……その在り方は、野蛮にも思えるけれど、美しいとも思う。
「……残念ね、言葉も交わせないなんて」
例えばそこに好みの女がいれば、気兼ねなく食せるものがあれば、彼は汚らわしい欲を抱くでしょう。
……だけど、ここには何もない。何もないから、私の理想の男に近づけている。
「そういや、アドっさんの誕生日いつだっけか」
彼はさっきの違和感も忘れて、手に持った魚にかぶりついた。
彼は、私の生きていた頃の姿を知らないし、気にもしないだろう。私の存在が、記憶に残っているかどうかも怪しいくらい。……だけど、常に生きるか死ぬかの境目にいる彼が、冬を越す手伝いくらいはできる。プレゼントは防寒グッズらしいもの。
「プレゼントはあそこの岩陰に置いてきたよ。しかしまあ、レオナルドを選んで正解だったね」
マスクとサングラスで顔は見えないけれど、サワはこういう時にぴょんぴょん飛び跳ねる。たとえ知りたくなくても、楽しそうなのが嫌ほど伝わる。
「いつもと違うノエルを見てみたかったんだけどね。良いモノが見れたよ、満足だ!」
サワが持つ好奇心や興味は、私にはよく分からないし、観察されているのは腹立たしい。
……だけど、私だって腐っても芸術家。美しいものを見れただけで、このクリスマスには価値がある。
「行くわよ、サワ」
「もっと観察しなくていいのかい? ボクならいくらでも見ていられるよ」
「もっと見てたらそのうち嫌になってくるわ。だから、今のうちに帰るの」
「……そうかい! プレゼントも渡せたようだし、何よりだ」
そのプレゼントはきっと、サワが私にあげたかったものかもしれない。
もしかすると、罪人としてしか生きられなかった私に、罪人として死ぬ以外の道を示したかったのかしら。
……なんて。私もずいぶんとSangのメンバーに毒されたものね。センチメンタル……なんて感覚、生きてるうちはわからなかったのに。
***
「お? なんだコレ」
登山客の落し物か何かにしか、そいつは思わなかったのかもしれない。
数分前に感じた女の子の気配、もしくは殺気と結び付けられるかどうかも怪しい。
ただ、置かれた何かが「寒さを凌ぐもの」だとは、直感で理解できるだろう。あいつはそういう生き物だ。
……安心しな、ノエル。ちゃんと使ってるのも俺が見てきてやったぜ。
それにしてもモテるじゃねぇか兄弟。罪深い男だぜ、全くよ。
さて、サワに報告しに行くか。俺もレオと同じで、女の子にゃ弱いんでな!
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